第395話 面談
それから数分後――。
音無由衣は未来に連れられて校内にある教頭室までやって来た。
アルバイトである由衣がここに来るのは初めてで、普通の扉の筈なのに緊張してしまう。
(別に悪いことしたわけじゃないんだから、堂々としていればいいんだ……うぅ
でも教頭室か……高校を辞めた時を思い出す……あれはトラウマになってるからなぁ……)
「ん、由衣? どうかしたの? もしかしてビビったんですか?」
真顔の無表情で由衣を挑発する未来。由衣に対しては少し攻撃的なのは相変わらずだった。
「ふ、ふん、この私が臆しているとでも? そんな訳ないじゃない」
「お爺ちゃん、お父さんのことをすごく可愛がってるから……お父さんの言い寄る女は全て敵と見ています。由衣は覚悟した方がいいよ? お爺ちゃん、すごく不機嫌になるかもしれません」
「未来、すぐにあなたの家に行きましょう。店長と3人で少し豪華なランチを食べましょう」
「はぁ……何それ? お父さんの真似ですか? ……由衣はお父さんの影響を受け過ぎです」
「だ、だって……」
「だってじゃありません。もうっ、肝心なところでヘタレなんだから……」
未来は手のかかる妹をたしなめるように言うと、教頭室の扉を軽くノックした。
「失礼します。竜胆未来と音無由衣です」
(も、もう引き返せない……う、だめ、こんな弱気じゃ、店長を助けるなんて夢のまた夢! 覚悟を決めなくっちゃ!)
由衣はそう自分に言い聞かせる。
『ああ、入ってください……』
未来は扉の内側から教頭の声が聞こえる。
そのどこか疲れているような声を聞くとゆっくりと扉を開いた。由衣の緊張が一気に高まる。
由衣はもう半ば神に祈るような気持ちで、部屋の中に視線を向ける。
そこには――。
「はぁ、なんじゃ。我が息子、義孝君はおらんのか。せっかく親子水入らずで酒が飲めると思っておったのに……つまらんのう。帰ろうかのう」
「はぁ、子供みたいなわがままを言わないでください。川島さんはそんな状況ではないです。まったく、昔から貴方は変わってないですね」
竜胆家現当主の源三郎が、部屋の中央に置かれたソファーにもたれ掛かりながら子供の様にいじけている。
そしてその正面のソファーに腰かけている教頭は、疲れたように目頭を押さえている。だが、源三郎をないがしろにしている感じはない。
「…………」
由衣が想像していたよりも教頭室の雰囲気は和やかだった。怒られる覚悟をしていた由衣としては変に拍子抜けしてしまう。
そんな考えで呆然としていると、源三郎が人当たりのよさそうな笑顔を由衣に向ける。
「あら、音無さんもいらしたのね」
「おお! 我が可愛い孫! それと君は確か……由衣君だったな! 義孝君と初めて会った時以来じゃな」
「ご、ご無沙汰してます……あ、あれ? 私って怒られるんじゃ……いじめられんじゃないんですか?」
「? そんなことはないですよ?」
「ほっほっほ、何を言っておる。義孝君の大切な友人にそんなことは絶対にせんよ。わしは息子に嫌われたくないからのう」
首をかしげる教頭に、冗談っぽく茶目っ気たっぷりに言う源三郎。
「は、話が違う……!」
由衣は元凶である未来をにらみつけるが……未来は素知らぬをしている。
「このぐらいの意地悪は許してください」
「なら、少しは申し訳なさそうにしなさいよ……」
由衣は肩の荷がどっと下りたような気持ちと同時に……酷く疲れた気がした。
少しやみたい……そう思ったが、未来の次の一言で、今までの和やかな空気が吹っ飛ぶことになる――。
「お爺ちゃん、教頭先生、『田中家』の手がかりを連れてきました。私には判断できませんが……おそらく。かなり有力な情報です」
由衣は体感で気温が下がったように感じた――。
「……ほぅ、それはそれは。ほっほっ、なんと由衣君は女神の類じゃったか。これは助かるのう……息子を救うための『戦争』の準備ができる」
「ええ……ふふっ、音無さんありがとうございます」
源三郎と教頭は笑う。
それはまるで由衣が好きな恋愛ドラマに出てくる絶世の悪女のように、重く、ねっとりしたような笑みだ。
その笑顔を見て由衣は直感的に悟る。
(人生経験が違い過ぎる……)
2人の底知れぬ笑顔に由衣はただ頷くことしかできなかった。
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