第263話 未来の成長

   ◇◇◇


 リレーが終わって30分後、鮮やかな夕焼けの光が教室に差し込んでいる。

 体育祭が終わり、教室にてホームルーム前のひと時――。


『いや! リレーすごかったね~~!!』


『うんうん! 数学のお爺ちゃん先生も過去最大の盛り上がりだったって言ってたよ!』


 教室はまだ興奮冷めあらぬという感じで、さっき繰り広げられた名勝負の話題で持ちきりだった。

 それほどリレーは生徒の心に残ったようだった。


「…………」


 そしてその当事者である竜胆姉妹の姉は……。

 

「いや~すわん、すわん、すわん、『勝てなかった』!!」


 おちゃらけた感じで友人の熊田と雑賀と話していた。リレーの効果か、他の生徒も実花の話を聞いている。

 わざと注目を集めて、自分の席に座る妹にクラスメイトの意識が向かないように……。


(みんないい人だから、未来ちゃんを責めることはしないと思うけど……念には念を入れて。未来ちゃん、コミュ障でみんなに一斉に話しかけられるのとか苦手だし。未来ちゃんが私以外で話す、のぞみんはどっか行ってるみたいだし……)


 そんな打算的なことを考えていると、雑賀が大げさに実花に抱きつく。


「何言ってるのー! すっごいレースだったんだよ! 順位とかいいでしょ~! ふっふっふ、絶対に竜胆姉妹のファン増えたよー妬ましい!」


「そうそう、すっごい盛り上がりだったんだから。店長ちゃんが『逃げ切った』のはすごいけどさぁ~」


「そう? そうだよね!! 実は私もそうだと思ってた!! もう学校のアイドルだって! いや~サインの練習した方がいいかなぁ!」


「あははは、一瞬で調子に乗ったね!!」


「いいぞ! もっとやれ~! もっとやれええ!!」

 

 実花がバカ騒ぎをしている時、ふと妹に視線を投げると……こっちに向かって歩いてくる未来の姿が見えた。


「あ、あれ……? 未来ちゃん?」


(こういうクラスの空気苦手なはずなのに……)


 実花は未来に心配そうな視線を向けた。


   ◇◇◇


 竜胆未来は緊張した面持ちで姉やクラスメートの元へ歩き出した。それは変わらなければ、という自分の意思からくるものだ。


(私は、お姉ちゃんや熊田さん、雑賀さんとお話したい…………自分がしたいことなんだから、勇気を出さなきゃ)


 未来はリレーに負けて……逆に清々しい気分だった。全力で走った。かつてないほど真剣に……そのせいかもしれない。


 ……もっとも、悔しくない訳ではない。むしろ死ぬほどくやしかったりもするのだが……。


(由衣の『お願い』がどんな結果になるにせよ……前に進む。私だけ止まってるなんて嫌だ――)


「私も……仲間に入れてもらってもいいですか?」


「未来ちゃん……」


 実花は目を潤ませて未来のことを見る。何か未来が声をかければ号泣しそうな雰囲気だ)


(えっ……えっ? えっ? そ、そんなに感動することですか? わ、私ってそんなに心配されていたんですか……?)


「うんうん、実花、感動中……くまもん、さいがー、いいよね!」


「もちろん! 未来、さっきのリレーのこと聞かせてよ!」


「聞きたい~! 聞きたい~~!」


(よかった……2人とも好意的です……)


 未来はホッとしてたどたどしく言葉を続けようとする。


 今までクラスメートと話せなかった未来としては大きな一歩だ。


 自分の成長が……少しだけ感じられた瞬間だった。

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