第261話 未来の本気


   ◇◇◇


 由衣が義孝にバトンを渡して数秒――。


(お、お父さん、行っちゃう。で、でもこの距離なら)


 竜胆未来は焦る気持ちを抑えながら、リレーの最終ランナーとして、姉である実花の到着を待っていた。


『なんという番狂わせ! 食堂チームが一位のまま独走をしている!!! その後を我が校のアイドル! 竜胆姉妹が追いかける!』


 大袈裟な実況が未来の耳に入るが、今は気にしている余裕はなかった。


「はぁはぁ……未来ちゃん、ごめん! 殆ど差は積められなかった!」


「ううん、あとは任せて――」


 由衣から遅れること3秒。

 実花が申し訳なさそうに未来にバトンを渡す。


 遅れたとは言っても、実花の走りは同年代の女子からすれば上の中と言ったところで、陸上部並みのタイムだ。


 現に実花を追いかけていた元陸上部細川や筋肉質の警備員チームの女性は実花との差を詰められていないどころか、3メートルほど差を広げられていた。


 だが、そんな走りをしながらも、実花は由衣との差を縮められなかった。

 

(事前情報だと……お姉ちゃんの方が由衣よりもベストタイムは1秒以上速かったはず……お姉ちゃんに手を抜いた様子はなかった……)


 未来はそんなことを考えながらスタートを切る。

 最愛の父親を必死に追いかける。


 頭は1位になることでいっぱいなのだが、頭の隅でどうしても先ほどの由衣の走りのことを考えてしまう。


(お姉ちゃんが追い付けなかったのはおそらく想いの強さだ…………絶対に負けたくなかったんだ)


 そう考えると、未来の足に力が入る。由衣への対抗心がさらにスピードを加速させていく。このリレーは1人200メートルなので、いつも未来なら自分の体力を計算してペース配分を考えて理知的に走るのだが……。


(負けない……絶対に負けたくない)


 由衣への対抗心から、もうペース配分の計算などない。最初から全力疾走だ。


(大丈夫……大丈夫です。最初から最後まで一切スピードを落とさなければお父さんを抜けます! 由衣に『告白』なんかさせない)


 正直に言えば……未来はちょっと前まで由衣のことを「父親に色目を使うビッチ、自分勝手な母親」と考え軽蔑していた。


 だが、今では必死に子育てをしながら働く由衣を見て、いつの間にか認めてしまっている自分がいた。そうなると未来の心に嫉妬心が生まれていた。


 美人でお洒落、さらには父親の同僚で優しい。さらには父親のことを本気で好いている。

 父親が大好きな未来としては気が気ではない。


(告白は私の勘違いかもしれないです……由衣、変なところでヘタレですし。あと、お父さんが告白を受ける可能性も極端に低い気がします……お父さん、すごく世間体を気にするし……だけど、その『可能性』が1パーセントでも存在する限り……私は!)


 未来は由衣と義孝が相思相愛になることを望んでいない……はずだ。自分でもわからない。


 未来も義孝が好きだ。それは異性としてだ。それがどんなに狂っていると言われようが、考えを改めるつもりはない。


 しかし……「父親が幸せになってほしい」という気持ちが自分の中で一番強い――という自覚はある。


 それが未来の心をかき乱す。


(いいです。私が全力で走って負けるようなら、由衣の告白が成功しても納得……できるような気がしないでもないような気がします……だからここは全力で走る――)


 未来はそう決意すると、限界を越えて、さらにスピード上げていった。

 自分の中の迷いを振り切るように……。

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