第260話 屋上からの観戦

   ◇◇◇


 由衣が義孝にバトンを渡す数十秒前――。

 2つの人影が屋上からその盛り上がる様子を見つめていた。


「さすがはジョン君の部下ねっ! なかなかやるじゃない!」


「それは心からそう思うのだけど…………何でわたくしは北条さんと仲良く観戦をしているかしら?」


「ふっ、そんな細かい気にしてるんじゃないわよ! これだから如月は根暗で付き合い辛いのよ!」


「…………」


(細かいことかしら……。如月と北条の争いの歴史を見ればそうでもない気がするのだけど……)


 如月も北条もかなり歴史の古い家系で、昔からいがみ合っている。その遺恨は深く、望は昔から「北条とは馴れあうな」と教えられていた。

 

 それこそ嫌になるぐらい。いかに北条が野蛮かと永遠と――。


(まあ、でも……北条さんの言う通りね。今は義孝さんの応援をしたい……ふふっ、わたくしも変えられてしまったわね……まさか、家のことよりも感情を優先する時が来るなんて……)


「ん? 何よ? いきなり笑いだして……気持ち悪いわね」


「いえ、失礼。貴女とこうしてリレーを観戦している自分が面白くて……」


 望は自傷気味にそれでいてどこか嬉しそうにそう答えるが……夏輝はそれをマイナス方向に捉えたのか眉を吊り上げて烈火の如く怒る。


「はぁ!? それ遠まわしに私のこと馬鹿にしてない!? あんたがその気なら日本を巻き込む戦争をしてもいいのよ!?」



「あら? そんなことないわよ? むしろその逆よ? さあ、そんなことよりもリレーを見ましょうよ。次はわたくしの旦那候補と親友の晴れ舞台なのだから」


「ちっ……如月の言うことはごちゃごちゃしてて昔から訳がわからないわよ! ……でも、リレーを見るというのは賛成……というか、やっぱりジョン君は婚約者なのね」


「ええ、まだ候補ですけど」


「そう……」


 その時ずっと傲慢な態度が前面に出ていた夏輝に陰りな様な感情が見えた。

 そして、そんならしくない夏輝の反応を見た望の顔にも陰りが浮かぶ。


「えっ……? 北条さんも義孝さん狙いなのかしら?」


「はぁぁ!?」


「わたくしは義孝さんが何人の女性と付き合おうがかまわないのだけど、北条はさすがに問題があるわ……いえ、これはこれでありなのかしら? 北条との関係に一石を投じられるかもしれない」


「この妄想女! 何を勝手なことをほざいているのよ!」


 望の言葉に夏輝は顔を真っ赤になって否定をする。内心を当てられたから照れているというよりはこの手に話に免疫がなくて慌ててるようだ。


 望は夏輝のそんな態度が可愛く思えて、ついつい笑みがこぼれてしまう。


「ほらほら、わかったから、落ち着きなさいな」


「あんたが言い出したことでしょ!」


「『ジョン君』なんて親しげに読んでいるので、もしやと思いまして」


「それはあいつがどうしてもそう呼んで欲しいと懇願してきたのよ! と、とういうかジョン君と会ったのは今日だっての!」


「…………」


(これは北条さんに問題あるといいますか……義孝さんに問題があるのでは……? 初対面の女子高生によくわからない名前で呼ばせるとか、どんなプレーかしら)


「はぁ、あんた何を考え込んでるのよ! たくっ、そろそろジョン君の出番よ」


「ええ……頑張って欲しいわね。正直あの差でもフレアに勝つのは難しいでしょうけど」


 義孝とフレア、アヤメとの差は15メートルほどだ。


(これならば先日手に入れた義孝の運動データならばフレアからは逃げきれない)


 夏輝も似たような考えらしく、傲慢な態度で息を短くはく。


「ふんっ、勝つのはアヤメさんよ! この代理戦争を勝つのはね!」


(愉快な思い違いをしてるわね)


 そう思ったが口には出さない望。

 そして、義孝を見つめる。望の胸には感じたことのない高揚感があった。


 楽しみなのだ。義孝が走るのが……。


(……わたくしも乙女ね)


 そんな自分の考えに気がつくと、顔が熱くなった気がした。

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