第256話 リレー開始直前(4)

 入場開始3分前ーー。


『よーし、それじゃあがんばっちゃうよ! パパ……じゃない。食堂チームには絶対負けないんだからっ!』


『はい、お姉ちゃん。私も頑張ります。絶対に勝ちましょう……』


 実花未来もやってきて、チームメイトと気合を入れていた。おい、マジでパパはやめろや。


 まあ、うちのチームは他のチームを気にしてる余裕はないのかもしれないけど……。


 まだ三沢と新井は来てねえし……それに由衣はご機嫌斜めだし……。


「…………」


「…………店長は本当に女の子にちょっかいをかける病気ですね。それに『前もって』話を聞いてましたが、アヤメさんもたぶらかして……店長のばか」


「…………」


 冷たい視線を向けてくる。

 俺からしたら言いたいことが大量にあるが……何も言い返せねぇ。由衣から見たらそう見えるだろうからな……。


 というか、アヤメの件は知ってるのか……例の女子が集まったチャットだろう。どんな俺への不満が書かれているのだろうか……頭が痛いのでこのことは考えるのはやめよう……。


『おう、テンチョー! 悪い悪い! 様子を見に来た生名に捕まって遅くなっちまった!』


『兄貴! 準備は万端っす! 愚民どもに僕の力見せてやるっすよ!』


 そこに慌てた様子で三沢と新井がやって来た。

 新井……こんな人が集まってる中でそんなこと言うなよ……まあ、新井の天性の小物感のおかげでまったく問題にはならなそうだけど……。


 ん? 待て三沢のやつなんて言った?


「い、生名さん来てるのか?」


「ああ、ついさっき来た。生名のやつ今日の売り上げがいいの喜んでたぜ」


 まあ、リレーに関しては事前に許可を取っていたからいいんだけど……なんか上司にリレーに出る姿を見られるのは嫌だな……。


 あと、生名さんには娘たちのことを知らせていないから、注意しないと……。


「兄貴……何で音無のガキはいじけてるんっすか?」


 そこにふれてやるな……。


「いじけてないもん……ふんっ」


「ああん? 音無なんだテメェーは……まあいい、それで走る順番ってどうするっすか?」


「今日まで現実から逃げて、あえて決めてなかったな……俺はできれば2番目がいい。1番目立たない」


 俺が立候補すると、俺の言葉を遮るように由衣が口を開く。


「店長は最後で確定です」


「なっ……!」


 おい、何の復讐だ。そんなこと言うと舎弟の新井君が黙ってねぇぞ!


「おらっ! 音無!!」


「おうおう、新井言ってやれよ」


「うっす! 兄貴!」


 新井は年長者とは思えない情けない俺の言葉に、深く頷くとキッと由衣をにらみつける。


「そんな当たり前のこと言ってるんじゃねぇ! 兄貴に失礼だろうが!」


 あ、あれ……? なんか怒るベクトルが違う!

 いつも喧嘩してるのにこういう時が息あってるんじゃねぇよ!


「新井さん、うるさい。ふんっ、いつもツンデレで逃げようとする店長が悪いもん」


 ツンデレってなんだ! そんな可愛いものになった覚えはねぇ!!


「お、おい、お前ら何を勝ってなことを――」


「テンチョー諦めろ……こいつらテンチョー信者だから、そうしないと納得しないぞ? 時間もないしな」


「俺信者って何!? 仮に信者なら俺の願いを聞いてくれよ!」


 三沢は俺の言葉に苦笑いを浮かべつつ、新井と由衣に向き直る。


「じゃあ、順番は新井、あたし、由衣、テンチョーでいいか?」


「そうですね。それが無難ですね」


「おっしゃあああ! 最初から引きちぎってやるっす!」


「…………」


 あ、あれ……俺ここで一番偉いんだよな……。

 


(くっ、あれか? 一番偉いからあえて我慢しなきゃいけないという、あれか……? この世は理不尽だらけだ……)


 そんなこんなでリレーが始まろうとしていた。


 俺たち食堂チームが勝てば由衣のバーで悩みを聞く。なんなら如月のご褒美(恐)付き。

 実花未来の生徒チームが勝てばキスという名の狂気。

 フレアさん率いる警備員チームが勝てば、なぜか明菜のお願いを聞く。

 可愛い妹のアヤメがいる教師チームが勝てばアヤメのお願いを聞く。


 ……なんかとんでもないリレーだな。

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