第187話 誕生日パーティ!!!(3)

   ◇◇◇


 それから数時間後のその日の夕方――。

 川島家のマンション前にて――。


 如月望は人生で指で数えるぐらいに緊張していた。


「…………はぁ」


 望は自分でも精神的に強いと考えており、新入生代表で全校生徒の前でスピーチした時や、演劇部で大勢の前で熱演した時も、ここまで緊張をしていなかった。


「……くっ、如月の家の者として恥ずかしいわ……」


 マンションの前について早20分。

 如月の容姿はいい意味で目立つので、そろそろ近隣住民の視線が集まり始め、約束の時間まで数分という頃だが……中々動く気にはなれない。


 それはというのも――。


(殿方にバースデープレゼントを直接渡すなんて初めてだわ……バレンタインの時はフレアに押し付けたのだけど……今回もそのようにすればよかったかしら……? はぁ、どんな顔をして渡せばいいのかしら?)


 そんな考えがループし、この場を動けないでいた。


「計算外だわ……自分がここまで乙女だなんて……このような結果になるのなら、フレアを連れてくればよかったわね」


 望は数分前まではいつも通り自信満々だったので、フレアを帰した。だが……いざマンションに入るという段階で緊張が押し寄せてきて、今はその判断を後悔している。

 もっとも……望がフレアと付き合いが長く、性格を熟知してるから、言えることだが……フレアは十中八九近くに控えている。


(フレアは忠誠心が高いから、そこのビルの屋上に控えてそうね……今すぐに呼ぼうかしら……? いえ……将来の旦那様にプレゼントを渡すのに従者がいなくてはならいなのでは話にならないわね……)


「……はぁ、『これ』は殿方のプレゼントとしてどうなのかしら?」

 

 望は自分が持っている野球ボールが丁度入るくらいの小さめの紙袋に視線を落とす。その中には義孝へのプレゼントが入っている。


 それを見るとさらに不安が大きくなる。


「はぁぁ…………」


(本当にこんな『安物』で喜んでくれるのかしら……当初の予定通り、腕時計や、宝石の方がよかったのではないかしら)


 望は最初、比喩表現なしで家が買えるぐらいの誕生日プレゼントを考えていたが……。

 フレアと会話した時――。


   ◇◇◇


『お、お嬢様、お言葉ですが……義孝様は家庭的な方が好まれるかと。お金をかけたものは受け取って頂けるかどうか……』


『一理あるわね……でも、家庭的。家庭的ね……わからないわ……如月家は家庭的とは無縁なのだもの。子供に札束を渡す家系では参考にならないわ。フレアはどうかしら?』


『も、申し訳ございません。私の実家は殺伐としてまして……主に硝煙と爆薬の匂いで……』


『…………詰んだわね』


   ◇◇◇


 これが数日前のことだ。

 それから、同年代の意見をリサーチして導き出したのが、望の手にあるものだ。


 正直自信はない……だが、義孝に喜んで貰えるものを用意したつもりだ。


「はぁ、いい加減覚悟を決めなさいな。わたくし。……今の態度は如月の者として相応しくないわ」


 望は自分自身に気合を入れると、意を決して川島家があるマンションに入っていろうとすると――。


『あれ? キミは望ちゃんでござるか……?』


 その時、背後から名前を呼ばれ、望は声がした方を向くと――。


「…………」


 望は振り返ると言葉を失う――。

 そこには前に一度だけ会ったことがあるアヤメが立っていた。


 前に会ったのは明菜のストーカー事件の次の日で、飲み明かしていたフレアを迎えに行くという建前で義孝に会いに行った時だ。


 望の中でアヤメは明るくて面白い人、将来義妹になる人、という扱いだが……。


「わあああ! 久しぶりでござる! 相変わらずすっごい美少女だなぁ~~」


「え、ええ、ごきげんよう」


 アヤメは人懐っこい笑みを浮かべてくるが……望はアヤメが『背負っている』ものが気になって仕方ない……。


 それは巨大なデブウサギのぬいぐるみだ。もう二メートルクラスの大物で、その圧倒的質量でアヤメの身体を上から包み込んでいる。

 アヤメはそれを軽々と背負っている……。


「そ、その、背負っているものは何かしら?」


 望が戸惑いながら聞くと、アヤメは得意げに口を開く。


「ふっふふ、よくぞ聞いてくれた。ガンダルシアちゃんでござる!!! お兄ちゃんへのプレゼントなんだ! 前お兄ちゃんが欲しいって言ってたんだ!」


「…………そ、そうなの?」


(わたくし……やっぱり間違えてるのではないかしら? ……こんなぬいぐるみをプレゼントする常識はわたくしの中にはないわ)


 望は自信満々のアヤメの笑顔を見ていると……胸中にさらに緊張や不安が募っていくのを感じた……。

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