第184話 未来のわがまま(2)

 現在時刻は9時45分ーー。

 未来とホテルのバーに入ってから1時間半が経過した。

 俺らはバーカウンターの隅の席で楽しく話している。


 未来は親子水入らずで、話せているのがよほどうれしいのか、無表情ながら機嫌はとてもよく、いつもよりも饒舌だ。


 話題は様々で、学校であったこと、家族のこと、子供の頃の話。

 今は由衣の話でテンションを上げている。


「それで、お父さん聞いてください。由衣はお仕事でいつもお父さんといられるからって、調子に乗っていると思うの。この前だって、ずっとお父さんの話を長々としてき、ふふっ5時間ぐらい……お父さんの話はいくらしても楽しいですけどね」


 未来は由衣の文句を言いつつも、憎しみのような感情は感じられない。「まったく、由衣は手がかかるんだから、ふふっ」みたいな、まるで手のかかる姉、実花の話をしているみたいな感じだ。


「……お前ら仲いいよなぁ。おじさんびっくりだよ」


 お前ら家出騒動の時はビンタで殴り合って、お互いの感情をぶつけあってたのにな……人間の関係というのは不思議なもんだ。


 人間共通の話題があると仲よくなれるもんだな……ぶっちゃけ5時間も俺の話をされるとか、恥ずかしいような……内容を詳しく知りたいような……知らない方がいいような……感じで複雑な気分だけど。


(まあ、俺の話題で2人が仲良くなるならいいことか……)


 とか、しみじみ考えていると、未来が途端に不機嫌そうにする。


「お父さん……私は由衣と仲良くなんかないです」


「なんだよ。いい友達じゃねぇか」


「違います」


「たくっ、素直じゃねぇな……友達じゃなかったらなんなんだよ……」


「格下です」


「すげぇ扱いだな!?」


「ふんっ、由衣が泣いてせがむなら弟子にしてあげてもいいです」


 すげぇ言い草だが……冷静に考えれば、もし由衣に同じ質問をしたら……。


『相手になりません。もう格付けは済んでるので。未来がプライドの全て私の軍門に下るなら、部下にしてあげてもいいです』


 とか、言いそうだな……。

 やっぱ仲がいい。微笑ましいことだ。


「……お父さん、何ニヤニヤしてるの?」


「いやいや、何でもないぞ?」


「……お父さんがそう言うなら、そう言うことにしておいてあげます。特別に、今回だけ、屈辱にまみれながら、断腸の想いで……」


 どれだけ、仲良く見られるのが嫌なんだよ……。

 おっと、そろそろいい時間だな。


「よし、未来そろそろ部屋に戻るか」


「……そ、そうですよね……そうですね。そうですね……はぁ」


 俺がそう言うと、露骨にしょんぼりする未来。いや、相変わらず無表情ではあるんだけど……この世の終わりのような雰囲気を感じる……。


(とはいえ……JKを気軽に連れてこれる場所じゃないしなぁ……)


 ……そんなことを考えていると未来が上目遣いでこちらを伺ってきた。何かをねだるような感じだ。


 わが娘なら可愛い……なんでも言うことを聞きたくなってしまう。

 だが、俺も父親として娘を甘やかしてばかりではいけないだろう。ここはとりあえず適当なことを言って会話の主導権をこっちで握ろう。


「ん? どうした? 今月の風俗代なら妥協はできないぞ? 社会人にとって一時の夢の時間というのはどうしても必要だからな」


「……ああ、その件もあります。お父さんはお仕事を頑張ってるんだから、もう少し通う頻度を上げてもいいんだよ? 私達が来てから殆ど行ってないんだから……」


「……お、おう」


 なんか心配されてしまった……。

 さすが俺の娘。切り返しが半端ない。

 もう、冗談を言ってるん感じが1ミリもしないのがすげぇ……。

 

 ここは娘の温かい心に甘えるべきなのだろうか……。


「お父さん、その件は後でお姉ちゃんも交えて、きっちりお話しします」


 いや、俺的に確かに大事なことではあるんだが……そこまでしなくても……。


「それよりも、お父さん体育祭のことで由衣と『約束』したんですよね……?」


「えっ? ああ、由衣から聞いたのか?」


 こいつら本当に仲いいなぁ……。


「ずるいです……私もお父さんと約束したいです。でも、由衣と勝利条件が被るのは気にくわないので、こういうのはどうですか……?」


 未来は真剣な視線を俺に送る……。

 あ、あれ? 雰囲気がなんか重いんだけど……。


「私とお姉ちゃんもお父さんが出るリレーに生徒枠として出ます」


「は、はい……?」


「……私とお姉ちゃんは足が速いので、元々誘われていて……お父さんの応援をしたかったので断っていたのですが、気が変わりました」


 未来は無表情ながら挑発的な声色を俺に向ける。


「私たちが勝ったら、お父さんにはそ、その……き、キスをして欲しいです」


「お前頭わいてるのか?」


 顔を赤らめて何を言ってやがるこいつ!!

 俺ら親子だぞ!! そんな魅力的なこと言うんじやねぇ!


「か、家族だからこそだよ。ほ、ほら……愛情表現の1つでほっぺに軽くするだけいいから。天井のシミを数えてるうちに終わるから。ねっ? い、いいですよね?」


「…………まあ、それならギリ…………」


 い、いいのか? いや、外国ではそれぐらい当たり前だからいいだろう……ここ外国じゃねぇけど……。

 でも由衣や如月と約束して娘たちをないがしろにするのも、なんか嫌だし……。


 はぁ、体育祭のリレーが段々と大事になっている気がする……。



「……あっさり、要求が通りました……そ、それなら抱きしめて貰って、おっぱいをもんでもらって、あとお尻も……」


「はぁ、調子に乗るんじゃねぇよ……」


 娘相手じゃければお金を払ってでも、やりたいことなんだが……。


「ふふっ、冗談です。1割ぐらいは……」


 殆ど本気じゃねか……。


「ふふっ……やった、後でお姉ちゃんに報告しなきゃ」


 ……喜んでるみたいだしいいか。


 だけど、俺もそう簡単に負けるつもりはない。ここは親として俺が社会の厳しさを教えてやろう。

 俺、体力は小鹿並だけどな!!


 そんなことを考えながら、旅行の夜は更けていった……。

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