第183話 未来のわがまま(1)
俺はバーの入り口で娘に対して呆れた視線を向ける。
こいつ、ここで何してるんだよ……。
「……おい、お前なんでここにいるんだよ……? 実花たちと風呂に行ったんじゃないか?」
「……お父さん、そんなことはどうでもいいです。早く入ろう? 私、お洒落なノンアルコールのカクテル飲んでみたいです」
「……いや、問題だらけだ。俺が1人女性ものの下着屋にいたら大問題だろ?」
「ふふっ、お父さんは変態ですね。私、お父さんの選んだ下着をつけたいです」
うっせえよ! お前のが変態じゃねぇか!
はぁ……いくら何でも高校生をバーに入れる訳はいかないだろう……こないだのキャッチマンの店みたいに知り合いの店っていう訳でもないんだから。
未来はどっからどう見ても未成年だしな……。
さすがにマスターも入れてくれないだろう……。
(こうなったら、仕方ない……未来を連れて部屋で飲むか……)
――しかし、俺の常識で測れないのが竜胆家の人間だ。
権力とは見えないところで社畜のようによく働くものだ……。
「おお、貴方が川島様ですか。お話は伺っております。お待ちしておりました」
「えっ……?」
マスターが未来の姿を見て、俺を気持ちのいい笑顔で迎えてくれる。
追い出すどころか、かなり友好的だ。
えっ……どういう。
「『お爺様』からお話は伺っております。どうぞこちらへ」
カウンター席の椅子を引いて迎え入れてくるマスター。
ど、どういうこと……? ここ酒を飲まなければ未成年入れてもいいバー? いや、そんな感じじゃない……爺さんってまさか……。
「お爺ちゃん頼んで、このバーを予約してもらいました……あ、もちろんお酒は飲みませんよ」
「は、はい……?」
「ここ、お爺ちゃんがオーナーのお店なので、私が入っても問題ありません。それに10時には部屋に戻ります……ふふっ、パンフレット開いておけば来てくれると信じてたよ……お父さん」
無表情ながら、機嫌よさそうに俺のすぐ隣に来る未来。
ま、待て!! えっ? よくわからん状況だけど……えっ? 俺もしかして誘導されてたのか……? 事情は分からんが、いろいろ手が込んでいることはわかる……。
「なんてこった……ここ爺さん店かよ。まあ、時給が億の人間だから、そこは驚かんけど……」
「ちょっと、ズルしちゃいました……だって、由衣がお父さんとバーに行ったって……うらやましくて……お父さん、怒ってる……?」
少し落ち込み、俺の様子を伺うように上目づかいで見てくる。
「……はぁ、怒るもなにも」
まあ、こういう場所に憧れる気持ちはわかるしな……。
未来は俺が絡むとすぐに爺さんに頼るなぁ……身内に頼るのが悪いとは言わないけど……まあ、でも権力を悪用してるわけではないし……今回はそこまで大事じゃないか。
このバーは爺さんの持ち物だし、別に酒を飲むわけじゃないんだから……。
「……私、お父さんとお話したいです……」
それに俺と一緒に居たいと思ってくれているのは素直に嬉しいしな……。
「お父さん……」
「そんなに不安そうにそんなって、さあ、座ろうぜ」
「…………いいんですか?」
「まあ、今回は特別だ。このまま、帰ったら爺さんに泣きつかれそうだし……」
「ありがとうございます……ふふっ、お父さんにわがまま言っちゃいました……」
俺は内心に浮かんだ照れをごまかすように、ぶっきらぼうにそう言うと、さっさとカウンター席に着く。
その後ろを機嫌よさそうについてくる未来。
偶には親子で腹を割って話すことも大事だろう……未来も喜んでるみたいだしな。
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