第181話 それぞれの戦い(6)

 現在の時刻夜の8時――。

 俺は最上階にあるホテルの部屋で、1人備え付けの冷蔵庫に入っていたビールを飲んでいた。

 程よい苦味と炭酸、冷たさが喉を潤す。


「はぁぁぁぁ! うまい!!」


 俺以外の連中は下の階にある温泉でリフレッシュしている。


 俺も温泉に行ったんだけど……1人だしすぐに出てきてしまった。

 女連中はまだゆっくりしてくるだろう。Ⅰ時間ぐらいは見た方いいな。

 それまでこの広い部屋でお留守番だ。

 

「…………」


 というか、いくら広くて寝室は壁で仕切られているからといって、如月と同じ部屋に泊まるのはいいのだろうか……?


 まあ、娘の友達が家に泊まるもんか。それよりも――。

 

「はぁぁ、疲れたぁぁぁぁ」


 俺は大きくため息をつきながら、ふかふかのソファーに腰を掛ける。

 

(……やばい、このまま眠れそうだ……)


 俺はうとうとしながら、今日一番印象に残ったサウナでの出来事を思い出した。


 あの後、俺は如月と仲良く? サウナに入ってるところを実花未来に見つかり、プールへと連行され、強制的に一緒に遊ぶことになった。


 実花は終始楽しそうにしていたが、未来は俺と如月が2人でサウナに入っていたのがよほど気にくわなかったのか、色彩を失った目でこちらを見て――。


『ずるい……するい。ずるい。ずるい。私もお父さんと一緒にサウナに入りたい……個室で汗だけくなりながら、2人で舐めまわして……』


 あいつは……サウナで何をするつもりだったんだよ……。


 そんなこんなで、泳いだり、鬼ごっこをしたりと、へとへとになるまでプールで遊び、部屋に戻ってからやたら豪勢な食事を食べて、風呂に入って……今に至るという訳だ。


「…………はっ、まずい、このままだと本当に寝そうだな……」


 俺は首を強く左右に振り、眠気を飛ばす。

 このまま眠ってしまうのもいい気がするが……それはやはりもったいない。


 せっかく滅多に泊まれないホテルに来てるんだ。もう少し楽しみたい。

 うむ。葵ちゃんには口を酸っぱくして言ってたが、社畜は睡眠時間を削ってでも遊んだほうが、精神的に健康的でいられると。


 まあ、今の俺は社畜じゃないんだけど。うん。絶対に。


「…………いいや、でも、どうするかな……」


 この辺は車を出さないと店がないしな……。


 俺、酒飲んじゃってるし……まあ、どのみち免許は持ってるけど、運転なんてここ数年まともにしてないから、こんな暗がりに運転するなんてやめた方がいいだろうけど。


「…………ん? これは……」


 そんなことを考えていると、テーブルの上にこのホテルのパンフレットが置かれていいるのが目につく。

 開かれているページは地下にあるバーの見出しだ。


「なんかこれ見よがしにこのページが開かれてるな……フレアさんが行こうとしたのか?」


 へぇーお洒落なバーだな。

 こんなところあるのか……まあ、どうせ暇だしちょっと行ってみるか。


   ◇◇◇


 俺はエレベータ―を使い、パンフレットに乗っていたバーにやってきた。

 薄暗く、お洒落な店内はカウンター席が7席にテーブル席が4つだ。カウンターでは初老で渋めの紳士的なマスターがグラスを拭いていた。


(客はテーブル席に3組、カップルばっかだな……はぁ、カウンターには客いないから、マスターにでも構ってもらうか)


「いらっしゃいませ、お客様、『2名様』ですか……?」


 マスターが人当たりのいい笑顔をこちらに向けてくるが……えっ、2人って?


「えっ……1名ですけど――」


「……いえ、2名であっていますよ。お父……義孝さん」


 声の方を振り向くと……。

 そこには無表情ながらも、どこか機嫌がよさそうな未来が立っていた。


 こ、こいつ何しに来たんだ……?

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