第180話 それぞれの戦い(5)

「…………」


「…………」


 俺がサウナに入って数分が過ぎた。

 会話はなく、なんとなく気まずい空気が流れている。


 きょ、距離が近いしな……こぶし4つ分ぐらいしか離れていない……。

 如月に言われるがままにここに座ったがさすがに近すぎる。というか、なんで俺は如月と2人っきりサウナにいるのだろうか……?


「…………はぁはぁ」


 距離が近い所為か如月の小さい息遣いが耳に届く。横をちらっと見ると感情を消したような表情でスポーツニュースが流れているテレビをじぃーと見つめている。


 高温のサウナにいるので、顔はほんのり赤く、綺麗な腕や顔にはしっとりと汗が浮いている……なんか、ガキとは言えエロい……。


(……はぁ、暑い……俺も汗かいてるし……少し離れよう。やましいことをしてる訳ではないが……世間はJKと2人、隣同士でサウナに入っている中年親父に優しくないだろう……。それに如月に「このオヤジ、汗の匂いがきついわ」とか、思われても嫌だしなぁ……)


 俺は如月がテレビを見ている隙に腰を上げて、半歩ほど距離を開ける――。


「…………えっ? な、なんで」


 その時、如月の不安そうな呟きが聞こえ、反射的に横を見ると……。


「…………」


 如月は悲しみを含んだような表情でこちらを見つめている。何かを言いたそうにしている……。


「え、えっと……どうしたんだ?」


「い、いえ……別に。なんでもないわ」


 如月はごまかすように俺から視線を外し、テレビを再び見始める。

 おい、絶対なんでもなくないだろ。なんでそんな捨てられた子犬のような雰囲気をかもし出してるんだよ……。


「…………」


 ここは俺の社畜の時の経験上、無理にでも理由を聞きだすべきだ。こいつが社畜社員だったら次の日には会社に来なくなる可能性が高い。


 こういう時こそ先輩が親身に悩みを聞く場面だろう。

 ……辞められると困るのは俺も同じだからなぁ。


「その表情はなんでもないってことはないだろ? おじさんに相談してごらん?」


 俺はおちゃらけてウケを狙いつつ、話しかけてみる。こういう時はユーモアセンスが問われるからな。だが……。


「……貴方、変態みたいね。才能あるわよ……」


 おい、真顔で言うんじゃねぇ。確かに言葉だけ聞けば俺も変態だとは思うけど……。

 くそっ、裏目に出たか……普通に聞くか。


「真面目な話、なんか悩みがあるなら聞くぞ? 人間、内に抱え込むのが一番よくないからな」


「…………わたくし、そんなに匂うかしら…………」


「えっ……?」


「だ、だから、汗の匂い……」


 ああ、そういうことか。俺がいきなり離れたから勘違いしたのか……。


「いや、それは全然だ。むしろ……変態的なことを言えばいい匂いがする気がする。お前……どういう身体の構造をしてるんだよ」


「……えっ? ふ、ふーん、そうなの……ふふっ」


「というか、離れたのはお前と同じことを考えてからだしな。汗の匂いなら俺のがやばいだろう……」


 歳を取ると匂いは気になるからな……。加齢臭とか……。


「ふっ、変態……」


 そんな考えをしていると、如月は小さく、くすっ、と笑った。

 どうやら、俺が情けなく自己嫌悪する姿を見て、自信を取り戻したようだ。


「そうだよ。お前は自信に満ちた表情でふんぞり返っている方が似合ってるぞ」


「……それ褒められてるのかしら……でも……そうね、それもそうね。『自信』があってこそのわたくしよね……実花さんと未来さんよりも優れているところはわたくしにもあるわよね」


「? どういうことだ? ……ん? 娘たちことでも悩んでたのか? あ……」


 苦笑いを浮かべながら、自分の胸を押さえる如月を見てピンとくる。

 もしかして胸的なことで思い悩んでひとりサウナにいたんだろうか……乙女だな……可愛い……。


「はぁ……あの子たちの発育がよすぎるのよ。もういいわ。ふふっ、それよりも……」


 如月は悪戯っぽく笑うと、俺のそばに寄ってきて、今度はこぶし2つ分ぐらいまで近くに寄ってくる。

 その行動に俺はつい慌ててしまう。


「お、おい、そんなに近くによるなって、加齢臭がお前を襲うぞ!」


「ふふっ、大人しくしてなさいな。貴方はそんなことを気にする必要はないわよ。わたくし、貴方の匂い好きよ」


「なっ……が、ガキが生意気なこと言ってるんじゃねぇよ」


「ふふっ……照れちゃって。可愛いわ……」


 くそ、完全に手玉に取られてるな……まあ、元気になったのはいいことだけどな。


「…………ねぇ、体育祭でリレーに出るわよね?」


「ん? あ、ああ……確か職員のレースだろ?」


 まだ今の如月と近い距離馴れなくて、多少動揺しながら答えた。


 由衣と勝った時に相談を受けることになっているから、できれば勝ちたい。相談ってのが気になるしな……由衣の態度から考えて悪い話ではなさそうなんだけど……。


「それ、フレアも出るらしいわよ。ふふっ、貴方がどうやってフレアに勝つか楽しみだわ」


「はっ? ふ、フレアさんが出るのか……?」


 すまん、由衣。

 霊長類最強のフレアさんに勝てるビジョンが1ミリも浮かばない……。


「……くすっ、それなら貴方がやる気になるようにしてあげるわ。もし、リレーで勝利したらわたくしが『ご褒美』をあげるわ」


「えっ? ご褒美?」


 爺さんやお前のご褒美って……貧乏人からしたら、すげぇー怖いんだけど……。


「ふふっ、フレアに悪いけど、わたくしは貴方の応援をするわ。頑張りなさいな」


「…………」


 まあ、如月はなんか嬉しそうだし……。

 頑張るだけ頑張りますか……俺ってそんな熱血キャラじゃないはずなんだけどな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る