第179話 それぞれの戦い(4)
「ん? そう言えば如月はどうしたんだ?」
俺は抱きついてくる娘たちを引き離しながら、周りを見渡す。そこには俺たちの様子を微笑ましそうに見ているホテルの従業員しかおらず、娘たちをと一緒にいたはずの如月の姿がない。
「ん? のぞみんなら私たちの後ろにいたはずだけど……」
「そうですね……さっきまでは近くにいたんですけど……どこに行ったんでしょうか」
不思議そうに言いながらながらもまたもや抱きついてくる仲良し姉妹。
めげずに俺の腕に絡みついてくる。
もう……勝手にしてくれ。俺の鋼の精神力なら耐えてくれるはずだ……多分。
「あっ、お姉ちゃん、今なら簡単に水着を脱がせますよ」
「パパぁ、ちょっと大人しくしててねぇ~。ぬぎぬぎしましょう――」
「限度があるわ!!!」
ザブーン!!!
娘たちの腕を振りほどき、逃走図るためにプールへ飛び込む。
もう……お得意の手のひらくるっくるだ。俺にそんな強度な精神力など存在しなかった。
考えれば俺の精神力は会社でしか発揮しない社畜精神だからな。
捕まったら……すべてを受け入れてしまいそうだ……。
まあ……要するに……捕まったら社会的に終わる!!!
「ああん! パパどこ行くの!?」
「お父さん、意外に泳ぐの早いですね……素敵です」
「あははっ! パパと追いかけっこだあああ!! それ!」
「私も負けませんて……!」
そんな言葉が背後から聞こえてくる。
なんか茶番感が半端ないが……止まるわけにはいかない。逃走を辞めれば……食われる気がするいろんな意味で。
◇◇◇
数分後――。
「はぁはぁ、や、やっとまけたか……?」
俺は娘たちから逃げ切り、プールエリアを抜けて、隣にあった温泉エリアに来ていた。
ここは水着で利用できる様々な温泉があり、プールと並ぶこのホテルの人気施設だそうだ。
そしてここも如月の力で貸し切りにしているらしく、人がいない……ん? この辺は従業員もいない……。
風呂だから危険も何もないからか?
「……ふぅ、普段、人でいっぱいの所に1人でいるとか変な気分だな……」
……なんか地味にテンションが上がってきた。
1ミリも俺の力ではないが……こんな広い施設を貸切ってるんだ。
楽しまなくては損ではないか……まあ、とは言っても今娘たちの元に戻っても、食われそうなので……少し時間を空けよう。そうすれば少しは落ち着くだろう……落ち着くよな?
「うむ……1人で少し楽しむか……」
そうだ人生を楽しむコツは適応力だ。
ここは娘たちが落ち着くのを待つ傍ら、あそこのサウナにでも入ってリフレッシュするのがいいだろう。
(これを気に老廃物と一緒に邪な考えも出してしまおう……まあ、1人で楽しむ言い訳もできたし行くか)
俺は現実逃避をしてサウナの扉を開ける。
ガチャ。
するとそこには――。
「あ、貴方、なんでここに来てるかしら?」
「……えっ?」
学校の教室ぐらいの広いサウナには……ポタポタと汗をかいた水着姿の如月がいた。
白を基調としたワンピースタイプの水着で、可愛らしくもあり、おへその部分が大きく開いているので、セクシーでもある。
そんな両方を兼ね備えた感じが、如月によく似合ってる……胸があれば完璧だ。
「…………な、なんで貴方が……」
俺がサウナに入ってきたことが余程予想外だったのか……いつもクールな如月には珍しく、顔にはかなりの驚きの感情が出ている。
「…………」
「…………」
そして、互いに今の状況が受け入れられないのか、数秒見つめ合う形になる。
こいつなんでひとりぼっちでサウナなんて入ってんの? と、とにかく、俺の冴え渡る日常会話テクニックでこの場を誰も傷つくことなく潜り抜けよう。
「よ、よう、み、水着可愛いと思うぞ」
「……! ……そ、そう」
俺がそう言うと、如月は消え入りそうな声で呟き、俺から視線を外し、備え付けられているテレビの方を見る。
ま、まずい、露骨過ぎて不快に思わせてしまっただろうか……。
「…………」
「…………」
再び訪れる重い沈黙……お、俺どうすればいいんですか? と、とにかくすぐにここを出た方がいいな。
空気が重すぎる……。
「そ、それじゃあ、俺はーー」
「……どこに行こうとしてるのかしら、は、早くここに座りなさいな……」
如月は俺の言葉を遮り、自分の隣のスペースをポンポンと叩く。
その顔はサウナの暑さのせいか、微かに不機嫌そうで、頬はほんのり赤く染まっていた。
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