第177話 それぞれの戦い(2)


『ここらへんで一度はっきりさせましょう。互いに店長のどこが好きか……』


 由衣がその言葉を放ってから数分。

 明菜の家の雰囲気はーー別に重くなっていなかった。本当に女子中高生の 女子会のような雰囲気だ。


「なるほどござる。今日はそういう理由なんだ。いきなり呼ばれたから、びっくりしちゃった」


「あ、ご、ごめんなさい。そう言う『建前』なだけです……」


 悪戯っぽく笑うアヤメに対して、反射的に謝ってしまう由衣。

 いきなり呼び出してしまったのは事実なので、申し訳なく思っていた。

 

 しかし、アヤメと明菜はそんなこと一切気にした様子もなくほほ笑む。


「あっ、いいの、いいの。私はお兄ちゃんの話するの大好きだし! ニンニン」


「ふふっ、わたしも休みだったので、連絡もらえて嬉しいです」


「ふふっ、ありがとうございます」


(夢野さんとはメールで結構やり取りしてるけど、アヤメさんとはあまり込み入った話はしたことないのよねぇ……でも、こうして話してみると、いい人そうね。よかった……語尾は変だけど……)


 由衣とアヤメは数回顔を合わせた程度で、最後に会ったのは一ヶ月前ほど前だ。


 土曜日出勤の際、未来に絆を預かって貰った時に顔を合わせた。

 アヤメは子供が好きらしく、すぐに絆とも打ち解けて、その日絆と遊んでくれたという経緯がある。


 その時から由衣の中で元気で明るい人というイメージがあったが、話してみると、さらにそのイメージが強くなる。


「そう言えば……絆ちゃんはどうしたでござるか? 遊びたかった……」


「絆は麻依さんに取られました……」


「と、取られたでござるか?」


「ええ、定期的に気を使って面倒を見てくれるんです。まあ、私の予定は配慮しないので私が暇になることが多いですが……まあ、時間を無駄にするのはよくないので……夢野さんに連絡したら空いてると言うので……アヤメさんも呼んで構ってもらおうかと……」


 由衣は言葉の最後に照れるような感情をにじませる。由衣は妙な経緯とはいえ、明菜たちのことを友達だと思っている。


 だが、友達と……面と向かっては照れて言えない微妙な心境だ。


「なるほど! そう言うことなら、私にまっかせて由衣ちゃん! 私はお兄ちゃんのスペシャリストでござる! それはもう好きなブラジャーの好みもおさえてるよ!」


「おお、心強いです」


「わ、わたしも、きょ、興味あります」


 アヤメの自信満々な態度に羨望の眼差しを向ける由衣と明菜。

 

「まあ、前提的に2人はお兄ちゃんのどんなところが好きなの?」


 どんなところ……改めて聞かれると聞かれると、答えづらい。

 と、由衣が考えていると――。


「優しくて、誠実なところでしょうか……」


 明菜が頬を赤めながらも即答する。


「……それはそうですね」


 由衣は賛同しながら複雑な気持ちになる。

 自分は即答できなかったのに……明菜に先に言われたのが純粋に悔しい。そんな子供みたいな感情が胸中を渦巻く。

 対抗心から口を開く。


「店長は素敵な……風俗好きで、女心に鈍感で、ひねくれてて……でも……はぁ……駄目だ。悪口しか出てこない……」


「あはは、全部事実でござるから……」


「あ、ははは……そ、そうですね……ま、まあ、大人の男性ですか……多少は」


(でも、これは店長も悪いんじゃない? でも……いいところもいっぱいあるけど……はぁ、こんなに悩んでるのに、店長は何も気がついてないし……なんか腹が立ってきたかも)


「まったく、明菜さん、アヤメさん、最近店長は浮かれ過ぎじゃないですか? 今日もプールに行くって……そもそもいいんですかね? 女子高生と泊りがけでプールだなんて」


 由衣はむすっと不満気に口にしながら、明菜が出してくれた手作りのクッキーを口にする。


(むっ、美味しい……はぁ、見た目もおしゃれだし。夢野さん可愛いし。敵わないな)


「まあまあ、お兄ちゃんは昔からミラクルを起こす男でござる。というか、由衣ちゃんって浮気は許さないタイプ」


「生きていることを後悔させます。店長自身に」


 今度は即答した。


「よ、義孝さんはそんなことしませんよ……」


「甘い、甘いでござる明菜ちゃん。お兄ちゃんの場合、付き合ってても風俗には行くと思うよ?」


「…………それです。未来と実花は普通に受け入れてますけど……私はどうかと思うんですけど。他の女の子とエッチするなんて……」


「わ、わたしも……その……正直に言えば嫌です……」


 いじけたようにまたクッキーをかじる由衣と、おどおどしながら答える明菜。

 そして……そんな二人を見てにやりと笑うアヤメ。


「2人ともお兄ちゃんを独り占めしたいんだね~~。自分だけを見て欲しいんだね~~」


 その言葉を聞くと由衣と明菜の顔が赤く染まる。


「よ、義孝さんを……ど、独占……なんて……」


「そ、そんなことはないですよ! ただ、デレデレしてる店長を見ると殺意がわくだけで……」


「お兄ちゃん、モテモテだなぁ~~」


「……そういうアヤメさんはどうなんですか? て、店長のことどう思ってるんですか?」


 由衣は恐る恐るという感じで聞いてみる。義孝からアヤメは妹みたいな存在と聞いているが……アヤメ本人は義孝に好意を持っていることは態度から明白だ。


 それが家族愛か恋愛かで状況が変わるのだが……。


「…………」


 緊張している……ここで強力なライバルが1人増えるのは避けたいところだが……。


 そして――アヤメは明るい表情のまま答える。


「えっ? お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ? まあ、家族だよ~~。一緒にお喋りしたり、遊びたいでござる」


「それじゃあ、恋愛感情はないんですね」


「ないない。綺麗な家族愛だよ!」


「そ、そうですか……」


 ほっとした表情をする由衣と明菜。

 だが――。


「それにお兄ちゃんになら処女を捧げてもいいでござる」


「えっ?」


「えっ?」


 アヤメは笑顔のままそんなことを言う。

 驚愕した表情で、アヤメを見るが……アヤメ自身は自分の失言に気が付いていない。笑顔のままだ。そこに黒さはなく、元気な笑顔を見せている。 


 アヤメはずっと外国に住んでいたというので文化の違いとも思ったが……由衣はアヤメの無邪気な笑顔を見てその考えをすぐに否定し、本能的に察知する。


(こ、これはもしかして……アヤメちゃん……自分の恋心に気が付いていない?)


 自分たちの恋愛事情がスパイラルにカオスに絡み合っていくきがした……。


(て、店長……どんな星の下に生まれたの……?)


 普通に頭が痛くなってきた……。

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