第172話 プールへ!(3)
◇◇◇
如月望は義孝と別れたあと1人、早朝の校舎を「時間をどう有効活用しようか?」と、考えながら歩く。
現在の時刻は6時半。まだホームルームまでは2時間ほどある。
ちなみにフレアは望の護衛につきたがっていたが、仕事に戻るようにお願いした。
それでもかなり渋っていたので「義孝さんの護衛についてもらえるかしら? 心配なの」と、目を潤ませながら口にしたら、嬉々として義孝の護衛に向かった。
「……義孝さんに押し付けた形になってしまったけど……くすっ、わたくしもたまには1人になりたいもの」
自分でも驚くぐらいご機嫌だった。
ここまで気分がいいのは義孝と会う前では、殆どなかった。
だが、義孝と出会ってからはちょくちょくこんな気分になるので……望としてはどう思えばいいのかわからない。
(わたくしは自分で考えてるよりも単純なのかも知れないわね)
そんなことを考えながら、望が所属している『演劇部』の部室の前まで来た。
初めは義孝に近づくために入部した形だが、やってみると自分以外の誰かを演じるというのが面白く、結構気に入っていた。
部室の扉を開け部室に入る。
「おはようございます」
望が挨拶をするが、返ってくる声はない。
教室の半分ぐらいの広さの部室には様々な資料や衣装などが置かれており、その隅の席では1人の髪の長い女生徒が、狂気に満ちた表情でカリカリと原稿用紙に何かを書きなぐっていた。
彼女の名は『志村芳佳(しむらよしか)』演劇部の部長だ。
髪は手入れを一切していないので、長く、ボサボサで化粧気も一切ない。
だが、高身長でスタイルは良く、手入れをしていない割には肌が綺麗なので、望は「実は美人なのでは……」と、考えていた。
(部長は脚本の執筆中は周りが目に入らないわね……まあ、わたくしは時間まで資料を読ませてもらいましょう)
望はそう考え、資料をいくつか本棚から取り出し、中央のソファーに腰をかけた。
朝の新鮮な空気とゆっくりした時間を楽しみながら、望は資料のページめくっていく。
しかし、内容は半分ほどしか頭に入ってこず、頭の片隅ではプールをどう楽しむか……楽しませるかでいっぱいだった。
◇◇◇
それからしばらく、読書に興じた望は教室に向かって歩く。
時刻は8時を回っており、校舎には生徒が増えていた。とはいっても、ホームルームは8時半なのでまだ生徒は少ないが……。
「部長……あそこから動く気がなかったけど大丈夫かしら? 前に出席日数が足りてないと言ってたのだけど……まあ、来年同級生になったら快く迎えてあげましょう」
望は声をかけたが、あの場から動く気配がなかった部長を心配? しつつ、教室の扉を開く、すると中には数人の生徒がいた。
(わたくしも人のことを言えないのだけど……皆さん早いわね。あっ……未来さんがいるわ。丁度いいわね)
望は自分の席、窓際の一番の後ろの席に荷物を置き、隣の席で読書をしていた未来に笑顔で話しかける。
「ごきげんよう。未来さん、いい朝ね。実花さんはまだ登校してないのかしら?」
「……おはようございます。お姉ちゃんはまだ寝てます」
未来が本から視線を上げて望を見る、その表情はいつもの無表情ながら、どこかトゲトゲしさがある。
「……如月さん、またお父……店長さんに会ってきたんですか?」
「ええ、少しお話があったので。よくわかったわね」
「…………手からお父さんの匂いがします」
(に、匂い……どこまで本気なのかしら……)
少したじろく望の態度から、未来は回答を肯定と受け取ったのか、その視線がさらにトゲトゲしくなる。もう同級生に向ける視線ではなく、仇や巨悪に向けるものに近い。
「…………ずるい。ずるい。ずるい。私もお父さんとお話ししたいのに……でも、朝は忙しそうだから我慢してるに。それなのに。それなのに」
「はぁ、とりあえず、その殺気を収めなさいな。あと、呼び方がお父さんに戻ってますわよ?」
「…………」
未来は望の言葉に何も言い返せないのか、じとーっとした視線でにらみつけるだけで、何も言わない。
「そんな目をしていいのかしら? せっかく義孝さん女性の好みと、プールの時に泊まるホテルの好みを聞いてきたのだけど――」
「無礼な態度は謝ります。すぐに教えてください。それとホテルはどういう……私としてしてはロマンチックな夜景が見れるところがいいのですが……」
ものすごいくいつきだった。機嫌は瞬時になおり、尻尾があったから全力で振っていそうだ。
(ふふっ、可愛いわね……それと同時に、そこまで大切なものがあるというのが……少し、羨ましいわね)
望には未来が眩しく見える。それは義孝、双子の家族を『利用』しているという罪悪感からくるものだ。
(でも……プールを楽しむぐらいしてもいいわよね)
望と未来はホームルーム始まるまで、プール旅行の計画を綿密にたてた。
その時間は、対等な友達が今までいなかった望にとって楽しい時間であった……。
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