第170話 プールへ!(1)
由衣とバーに行った数日後の水曜日。来週には待ちに待ったゴールデンウィークだ。今年は8連休という素晴らしい年だ。
楽しみ過ぎる。どうやって過ごしてやろうか。よし、寝よう。
「…………とにかく寝たいな」
只今、朝6時に出勤している俺はその願望しか出てこない。
事務所で死んだ魚のような目で従業員の勤務時間の申請をしていた。
月曜日ほどではないが、水曜日とは嫌なものだ……。水曜の朝に出勤すると、まだ平日は半分しか過ぎていないと絶望したくなる。
小学生の様に単純だと自分でも思うのだが……同じ思いをしてる社会人のおじさんは多いはずだ……。
そのせいか、水曜日は会社によってはノー残業デーになってるわけだし。まあ、元社畜である俺から言わせれば、ノー残業デーなど幻想だと知っているがな!
むしろ、前の会社では、やむおえなく残業する理由など申請するために、申請書を作らなきゃいけないので仕事が増えて、残業する可能性が上がる悪魔のシステムだ。
「残業をさせる奴は極刑になればいいんだ……」
コンコン。
その時、控えめなノックが事務所に鳴り響く。
ん? 誰だ? こんなに朝早くに……客か? はぁ……クライアントだったら無視すると後々面倒だからな。
「はいはい、今開けます」
ガチャ。
「ごきげんよう、清々しい朝ね」
「おはようございます。義孝様」
扉を開けるとそこには優雅にほほ笑む如月とフレアさんが立っていた。
この人たち……朝っぱらからどうしたんだ……?
「……貴方、もみ上げのあたりに寝癖がついてるわよ? 如月の当主になるのだから、しっかりしなさいな」
そんなことを考えていると、如月が小さくため息を吐いて呆れたような表情を見せ、自分の鞄から、くしを取り出す。
……おい、待てこいつ何する気だ?
「えっ、じ、自分で直すからいいぞ?」
「いいから。しばらく、大人しくしなさいな」
そう言うと如月は背伸びをして俺の髪を整え始める。
「お、お前何をしてるんだよ……」
「あっ……、暴れないでもらえるかしら。うまくできないわ」
身長が140センチあるかないかの如月と、俺の身長差は30センチほどあるので、背伸びをして、ぎりぎり届くと言った感じだ。
そのせいでどうしても互いの身体の距離が近くなる。
「…………」
香水でもつけているのか、ふわっと甘い香りを感じた。
「お、おい、ちょっと近いって」
「……そう思うなら少し屈みなさいな。頭の上の方も見てあげるから」
いや、しゃがみ込むのそれはそれで恥ずかしいのだが……
「ふんっ、フレアに頼んで貴方の身長を縮めてもいいのよ? 物理的に……」
「普通に怖えよ……」
「お、お嬢様。義孝様に暴力的なことは……その」
「冗談よ……ふんっ、私はどうせ身長が低いわよ」
「………」
はぁ、ジト目でみるなよ……まあ、気の済むままやらせてやるか。
如月のために俺のプライドなど喜んで海に沈めよう……。
俺は言われた通り如月の前で屈む。
「……ふふっ、貴方の優しいところ好きよ」
「…………」
そう言われると照れる。
しかし、これはこれで……如月の胸のあたりに顔がきて……いや、如月は胸はほのかにふくらんでいる程度なので、夢野さんほどの威圧感はないのだが……これはこれで……犯罪臭がやばい。
相変わらず距離は近いし……。
「貴方、髪サラサラね。シャンプーとか何を使っているのかしら?」
「えっ? あ、ああ……娘たちが使ってるのと同じものだ。銘柄は覚えてない」
「そう……後で聞いてみようかしら」
そう言いながら、俺の髪をとかし続ける如月。とてもまったりして、優雅な時間な気がするが……俺はなんで娘の同級生に髪をとかされているのだろうか……?
「ふふっ、もう少しそのままの姿勢でいなさいな」
嬉しそうな如月の声が頭上から聞こえてくると……そんな些細な疑問はどうでもよくなっていた。
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