第169話 お悩み相談室(6)

   ◇◇◇


 キャチマンの店で飲み始めて数時間が過ぎた――。

 その間、俺は由衣とキャッチマンと三人でたわいもない会話をした。

 最近の近況やら、政治の話や野球の話や等々……。


 この会話で2つ印象的なことがあった。


 まず1つ目は互いの状況だ。

 キャッチマンはアヤメに聞いたのか、実花未来のことを知っていた。まあ、それ自体はいいんだが……。 

 問題なのはキャッチマンの状況だ。

 どうやら……アヤメの母親、ソープさんことカヤさんと付き合っているそうだ。


 まあ、キャッチマン変なところでビビりだから、結婚はまだ先になりそうだ……もう、いい歳なんだから身を固めた方がいい気がするが……。


 それで2つ目が由衣だ。

 これは一緒に働いている時も感じていたことだが、由衣はとても聞き上手で、何気に俺と話題が合う。政治の愚痴を受け入れ、今よりどうすれば国がよくなるか? などの考えをしっかり持っている。


 …………こいつは本当に10代か? その受け答えはもうスナックのママ並みなんだけど。


 まあ、由衣自身も楽しそうにしてるし、いいんだけど……。


「おっと、そろそろ開店時間だな」


 キャッチマン店内かけられていた時計を確認する。


「それなら、俺らはそろそろ帰るか……」


「なんだよ! まだいてくれてもかまわんぞ?」


「そうもいかないんだよ。俺たち子持ちは融通が利かん……特にうちの娘どもは……遅く帰るとめっちゃ怖い……」


「お前らも……苦労してるんだな……いいや、ちょっと開店準備してくるから待っててくれ」


 キャッチマンはしみじみ言いながら外に出る。なんだか悲しくなってくるわな。


「店長、マスターさんが戻ってきたら、お会計をしてもらいましょうか……?」


 残念そうに呟く由衣。

 まあ、由衣の歳を考えたら気軽に来れる場所でもないからな。


「また連れて来てやるから」


「…………本当ですか?」


「ああ、由衣は子育て頑張ってるんだし、仕事帰りにちょっと寄るぐらいはしてもいいんじゃないか?」


「そ、そうですか……。それってデートのお誘い……ですか?」


「…………」


 俺から視線を逸らしてなんでもない風を装って聞いてくる由衣。

 あ、あれ? 軽い気持ちで言ったんだが……重く受け止められてないか……?


 もしかしなくても俺まずったか……?


「て、店長、また……っていつになりますか? 明日ですか? 明後日ですか? ……来週は絆と遊ぶ約束をしてるので、その次の週とか……?」


 まずい、相変わらずこっちを向いてくれないが、何かを期待するような声色だ。


 きょ、今日そんなに楽しかったのか? 男としては光栄な気がするが……。


 と、とにかく、あまり適当なことも言えないが……。


「……こ、こんなこと、未成年の子に頼まれても困りますよね……私が店長の立場だったらバッサリ切り捨ててますし……でも店長は何だかんだ言って優しいし」


 そんなことを考えていると、由衣は自傷的笑い、こちらを向く。


「や、やめろ。俺はそんな殊勝な人間じゃねぇよ。常にエロいことしか考えてない。今もお前にどんなセクハラをしようか検討中だ。道中には気をつけな」


「ふふっ、店長って焦るとエッチなことで理論武装して逃げますよね……ふふっかわいい」


 今度はうって変わって強気に挑発的に微笑む。勘弁してくれ……。


「店長、ではこういうのはどうですか……? 体育祭のリレーで勝ったら、また連れて来てもらえますか?」


「なんの勝負だよ」


「あえて言うなら自分自身との真剣勝負でしょうか?」


 真顔で答える由衣さん。その空気感は冗談を言ってる感じはまったくなく、俺を正面から見つめて来た。お前はアスリートか何かなの?


「まあ、いいけど。1位になったらだな」


「はい! ふふっ、勝ちたい理由ができました」


 由衣は本当に嬉しそうに笑う。そんな笑顔を見ていると、今の約束も悪くないものに思える。


 今日約束した時もこう言う風に笑ってくれてたから、勘違いしそうになってしまう……。

 無駄に歳をとって鋼の精神力を持っていて助かった……。


 あれ……? 今日?


「ん? てか……今日の相談ごとって、何だったんだ?」


 そういえば雑談に夢中だったせいで目的だった相談を受けれてない……おい、俺。それはどうなんだ?


「あーそのことですか……店長に聞いて欲しいことはあったんですが……ちょっと気が変わりました」


 俺の焦りとは裏腹に由衣はいたずらっぽく笑う。普段真面目だからこういう笑顔は新鮮で可愛い。


「リレーで勝ったら改めて相談することにします。その方が、決心が付きそうな気がするし……」


 そ、そんな重い相談なのか……? まあ、由衣がいいならそれでいいけど……。

 まあなんにせよ。体育祭に無駄なプレッシャーがかかるようになったわけだ。


 普段の俺なら理論武装を固め、逃げ道を作るのだが……


「ふふっ、リレー頑張らなきゃ」


 何故だか今回は少しだけやる気があった。


(はぁ怪我をしない程度に頑張りますか……)

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