第93話 夢見るバレンタイン(3)
「ストーカー……?」
「はい……歩いているとつけられてるような感覚になるんです。私の勘違いかもしれませんけど……」
俺はマンションに向かう途中、夢野さんから事情を聞いていた。
夢野さんはとんでもないお願いをしているという自覚が強いらしく、終始申し訳なさそうにしている。
「川島さん、ごめんなさい……こんな無茶なお願いした上に……荷物まで持ってもらって」
「ああ、荷物に関してはたいしたことじゃないから」
俺の手には夢野さんと葵ちゃんがコンビニで買った酒やらが入った袋が4つ握られていた。
物がものなので結構重いが、まあ年頃の娘に持たせる方が精神衛生状よろしくない。
「そうそう、先輩はゆめゆめの前で格好つけたいだから気にしなくていいよ」
「……お父さん、不純です……荷物を持つなら私をおんぶしてよ」
「お前ら、言いたいこと言いやがって。あとおんぶは嫌だ」
「ふーん、所詮お父さん胸しか見てないんですね。私の胸では足りませんか……そうですか」
色彩を失った目でこっちを見るんじゃねぇ。そういう話でもねぇ。
とりあえず話を戻すか、夢野さんの暗い表情から結構深刻なのは、なんとなくわかるからな。
「それでいつぐらいからなんですか?」
「えっと……2週間前ぐらいです……」
「なるほど……夢野さん今人気すごいですから……」
未来が夢野さんを心配しながら呟く。
そう夢野さんは今ネットでちょっとした有名人になっているらしい。
「えっと……おっさんにはよくわからないんだけど、ZTubeというのをやってるんだでしたっけ?」
なんか動画投稿サイトに動画を上げて、その広告収入や企業案件で生計立てる人たちのことをそういうらしい。
「えっ……先輩知らないんですか!? ゆめゆめすごい人気だよ! 大食い系ならもうすぐに名前が上がるし! 登録者も短い期間で40万人超えたし!」
「あ、葵さん……は、恥ずかしですぅ」
「そ、そうなのか……?」
40万とか言われてもイマイチピンとこない……いやすごそうなのはわかるんだけど。
葵ちゃんが興奮気味にこちらに詰め寄ってきて、未来も頷いている。夢野さんにいたっては恥ずかしいのか俯いてしまった。
マジで……もしかして流行に乗り遅れてる?
「でもそれならこんな夜更けに出歩くのは危なくないか?」
「私もそう思ったんですけど……ゆめゆめがどうしてもって」
「だ、だってぇ、未成年に夜遅くに買い出し行かせるわけにも行かないじゃないですかぁ……」
いや実花なら問題ないと思うが……あいつある意味狂犬だし。そもそもアヤメは未成年じゃないし。
葵ちゃんたちと同い年ぐらいか?
まあ、あいつ語尾とかのせいで幼く見えるからな……ナイスバディだけど。
「それで葵ちゃんが護衛で来てるわけか……」
「護衛って……お父さん何言ってるんですか……前々から思っていたんですけど、お父さんは葵さんへの対応が酷いと思います」
「えっ……そうか? あんま気にしたことなかったな……」
「うんうん、私もー。私先輩にずっと調教されてきたから」
おい、言い方。愛娘が殺意の波動に目覚めてるじゃねぇか。
まあ、葵ちゃん『無双伝説』に関してはまたの機会でいいか。
今はそれよりも彼氏になってくれっていう件のが大事だよな。
「それで彼氏がいればストーカーが諦めるかもしれないと。そう簡単にいきますかね……」
「はい……実は『心当たり』はあるので私に彼氏がいれば諦めると思うんです」
「えっ? ゆめゆめ心当たりあるの? ならそいつを締め上げれば終わりじゃん。大丈夫、人間1分苦痛を味わえば素直ないい子になるから」
葵ちゃん、葵ちゃん昔のデンジャラスな顔がチラチラ出てるぞ。
「い、いえなるべくは穏便に済ませたくて……警察沙汰にしたくないんです。それに川島さんに危害を加えるようなことはないと思います」
「なるほどそれで彼氏役が俺か……」
「先輩先輩、私が提案したんですよっ!」
元凶葵ちゃんかよ。
「でも夢野さんなら、もっとイケメンで若い奴の方が夢野さんには合ってる気がするけど……」
「い、いえ! わ、私は川島さんがいいっていうか……それ以外の男性は抵抗があると言いますか……」
「ん? 声が小さくて聞こえなかったんですけど」
「な、なんでもないですぅ! と、とにかくふりでいいのでお願いできませんか……?」
まあ、本当に困ってるみたいだし、いいか……。
「わかりました。いいですよ」
「ほ、本当ですかぁ! あ、ありがとうございます」
「夢野さんには日頃からお世話になってるんで」
それに例え「ふり」だとしても夢野さんレベルの美女と付き合ったふりができるなんて、そうそうできない経験だ。
もう風俗なら数万のお金が取れるレベルだし。
「……お父さんから、邪な考えを感じます」
さすが我が娘。的を得ている。
まあ、実際は軽く近所をデートするぐらいだろ。10年前ならともかく俺は風俗嬢の元で若い子とのお喋りは極めてるんだ。
そんなに深く考えることもないだろう。
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