第94話 夢見るバレンタイン(4)

 夢野さんから妙な依頼をされた翌日の日曜日早朝。

 今日はこの辺りを散歩するという健全なデートの約束をしている。

 俺は朝早く起きて、そわそわしながら準備をしていた。


 いや……そこまで緊張することないか……だってその辺をぶらぶら周るだけだし。でもなぁ……情けない話こんなふうに女にお金を払わないでデートをするなんて美奈以来だしな……。


 緊張するなっという方が無理な話だ。


(……というかデートって何を着て行けばいいんだ? ……なぞだ。 スーツとかでいいのか?)


 俺はリビングで英語の勉強をしていた未来に話しかける。


「なあ、未来、今日着ていく服を相談したいんだけど……」


「自分で考えてください……つーん」


 未来はこちらに視線を向けてすらくれない……まあ父親が一回りも離れた女とデートに行くことになった時の当然の反応なのかもしれない。


「…………」


 だが、これは邪な心など微塵もない人助けだ。

 ここは気にしないで他の策を考えるのが吉だ。


「ねぇねぇ、パパ、パパ、私のお勧めの服を教えてあげようか?」


 実花がニコニコとした顔で話しかけてくる。

 正直……こいつの度重なる迷惑前科から考えるとまったく信用できない。


 だが、否定ばかりするようでは人間駄目だ。意見を聞き、1人1人の意見を尊重してこそ大人というものだ。


「お勧めの服ってなんだ?」


「ジャーン!!! 学生服〜〜男性バージョン!!」


「聞くんじゃなかった!」


 1人1人の意見に真摯向き合うとかするもんじゃない。手のひらくるっくると言われても仕方ないが、声を大にして言いたい。


 世の中には喋らせない方がいいやつもいる。


「お前それどこで手に入れてきたんだよ!」


「あっーパパ心配しなくていいよ?」


 実花が悪戯っぽい笑みを浮かべる。こういうところは美奈そっくりだよな……純粋にイラッとくると同時に妙に愛らしい。


「別にこの制服は新品だから安心してね。もうっ、パパってヤキモチさんなんだから♪」


「そんな高度なヤキモチのやきかたはしてねぇよ! ……はぁ入手経路は爺さんか。孫に何でもかんでも買い与え過ぎだろ」


「パパも欲しいものがあったら教えて欲しいって言ってたよ? 本気出せばアイドルそっくりなセクサロイドも用意できるって」


「…………」


 それは若干興味がーー。


「お父さん、その歳になってお人形遊びですか……変態」


 未来ちゃんの声がとても冷たい……相変わらず視線はこちらに向けてもくれないし。


「おほん、それでなんで学生服なんだよ」


「えっ、だって制服エッチしたいでしょ? 私もそれ目的で手に入れたんだし」


「…………」


 俺今本気で日本語が理解できないです。はい。

 そんなことを考えていると、実花は何かに気がついたのか今度は不機嫌そうにする。


 ……今度はなんだ。


「あっ、大丈夫、普段ならこんなこと言わないんだけど、今回に限り、夢ちゃん限り、制服エッチしていいからねぇぇぇぇ!!! こんちくしょう!!」


「てめぇ!! 大声で何言ってるんだよ! 隣の夢野さんに聞こえるだろ! 馬鹿野郎!」


 偽りとはいえ、これからデートする相手に聞かせていい会話じゃない。


「私もお父さんと制服エッチしたい」


 そして視線は教科書に向けたまま、ポツリと呟く次女。もう収集がつかねぇ……いいか。いつもの服で……。


   ◇◇◇


 同時刻夢野宅にて。


『あっ、大丈夫、普段ならこんなこと言わないんだけど、今回に限り、夢ちゃん限り、制服エッチしていいからねぇぇぇぇ!!! こんちくしょう!!』


『てめぇ!! 大声で何言ってるんだよ! 隣の夢野さんに聞こえるだろ! 馬鹿野郎!』


(か、川島さん……か、壁が薄いんで聞こえています……ま、前に遠回しにお伝えはしたんですけど……)


「か、川島さんとえ、えっち、なんてそんな……」


 明菜はベッドに寝転がりながら身悶える。経験がない明菜にも流石に言葉の意味はわかる。


(ね、念のためコンドームを買った方がいいのかなぁ……み、実花ちゃんと未来ちゃんがいるんだから、避妊はしっかりしないと。子供を産む時はみんなで話し合った方が……い、いいよね)


 明らかに段階を1つ2つ飛ばしたような妄想だった。


「……はっ! わ、私ったら何を考えるのぉ。そ、そんな……で、でも偽の恋人とはいえ……万が一があるかもですし……」


 そこまで口走って、『昨日からずっと考えていた思考』に戻る。


 自分は義孝の好意を利用しているのではないか?


 実際ストーカーに困っているのは事実なので嘘はついてないのだが……それを利用して義孝と仲良くなろうとしているのも事実だ。


(はぁ……私って本当に嫌な女だなぁ……)


 そして、また自己嫌悪におちいる。でも……そんな自分が嫌いな明菜にも譲れないものがある。


 それはーー義孝への想いだ。


(ほ、他の子に負けたくないなぁ。みんな可愛くていい子だから私なんかが敵わないと思うけど……それでも……)


 明菜は意思を改めて固めると握りこぶしを作り、ベッドから身体を起こした。


 そして、何気なく壁掛け時計を見ると……。


「きゃああああ! も、もうこんな時間? も、もう一度お風呂に入って、それから、それから……」


 明菜は慌ただしく準備を始めた。

 その心は緊張しつつも、今日の偽りのデートをとても楽しみにしていた。

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