第90話 外伝『アーリーデイズ』(28)
◇◇◇
美奈が俺の元を去ってから数週間が経過した。
美奈が去った直後は心にぽっかりと穴が合いたようで、何も手が付かない日々だった。
そんな何もない日々を送っていると、今度はアヤメとソープさんが祖国に帰っていた。アヤメは俺と別れる際にボロボロと泣いて、くずっていたが……。
『い、いつか会いにきてもいいでござるか……?』
その言葉に笑顔で頷くと、アヤメも笑った……またいつの日にか会うことがあるのだろうか……。
しばらくはここに住んでるつもりだし、それに引っ越す際に大家さんに住所を知らせておけば会うこともできるだろう。
そして――俺は。
「はぁ……俺ってダメだな……」
俺は教師との進路相談を終えてから、なんだかやるせない気持ちで下校していた。
『今のままでは進学は難しい』
それが教師から言われたことだ。
夏休みに少しは勉強していたとはいえ、同級生と違い本格的に受験勉強にいそしんでいたわけではないので、周りとの差が開いてしまっていた。
危機感はある……だけど……どうにもやる気が起きない。
「美奈……」
俺はポツリと彼女の名前を呟く。
あいつの気持ちはわからない……何で俺と一緒に居られないのか? とか、これまで死ぬほど考えてたことだ。
それでも……1つは確かなことがある。それは俺は美奈が好きだ。そしておそらく美奈も俺のことを――。
「……ん? ……あれは」
考え事をしながら歩いて自分の家に着くと、そこには1人の見覚えのあるおっさんが立っていた。
俺のマンションの前でたばこを吸いながら、誰かを待っている様子だ。
スーツ姿のおっさんで……『知り合い』とはいえ、不審者にしか見えない。
「キャッチマン何やってるんだよ……」
「ああ、坊主、お帰りか。ああん、学生様はいいよな。こんな早くにご帰宅とはな」
会ってそうそう皮肉たっぷりで言う不良中年。
今の俺はいろんなことがあり、落ち込んでいる。そんな中、おっさんの嫌味に付き合う元気はない。こういうのはスルーだ。
「ああん、てめぇはすっかり抜け殻だな。若いのに生意気だ。わいの若いころは--」
キャッチマンは俺の姿を見ると鼻で笑い、昔話を始める
そんな社会不適合者を前に俺は――。
「おまわりさんんんんんんんんん!!!! 家の前で不審者が路上喫煙してますうううう!!!」
「てめぇ国家権力に頼るんじゃねぇ!」
『また君たちか! そこを動くな!』
そこには以前お世話になったお巡りさんがいた。
俺とキャッチマンはしばらくお巡りさんの説教を受けて、解放された。今回に関しては俺は何も悪いことはしていないので、高みの見物だった。
「クソガキが! てめぇはトラブルを起こさないと死ぬ体質なのか?」
「うん」
「うんじゃねぇよ! たくっ、てめぇの相手は疲れるぜ……」
本気で疲れた顔をするキャッチマン。失礼な。
まあ、キャッチマンをいじっていると楽しいので、この重い気分を晴らすのには丁度いいんだけど。マジでクソガキだな俺。
「それで要件は何?」
「ああ……」
俺がそう聞くとキャッチマンの表情が真剣なものに変わる。それはかつて見たソープさんのために身体を張っていた男の顔だった。
「嬢ちゃんの話だ。お前の元から去ったってカヤから聞いてな」
「…………ああ、元からそういう話だからな」
「それなんだが……深い話はわいにはわからない。だけど1つ知ってることがある。嬢ちゃんの態度から考えると……多分お前の知らないことだ。
「ん? 何の話だ?」
「嬢ちゃんがお前の元を去ったのに心当たりがある」
「……えっ? 何でキャッチマンがそんなことを……?」
「わいは元医者だ。それで事務所でお前がコンビニ行っている時、嬢ちゃんが服用していた薬を見た」
「はっ!? キャッチマン医者だったのか……!?」
驚いた……なんか不思議な雰囲気がある人だとは思ってたけど……まさか医者とはな。人間は見かけによらないな……。
そうか……それならあの薬の内容も理解できるのか。結局美奈が俺に語らなかったあれのことを……。
「今はわいの話はどうでもいい。それより問題は嬢ちゃんが持っていた薬だ。あれは――」
「いい」
俺はぴしゃりとキャッチマンに言葉を遮る。
これは――俺が聞いていいことではない。
「そうか……すまなかった。わいの配慮が足らんかった。そりゃ、別れた女のことに深入りはしたくねぇよな」
「いや違う。そうじゃない。美奈が俺に絶対に明かそうとしなかったことを他人から聞きたくないだけだ……あいつは確かな決意を持って俺に隠し事をしていた。それをないがしろにすることは俺にはできない……」
……これから美奈に会うことはないのかもしれない。ならば探しに行くべきだ。俺はあいつが好きなんだから……。
でも……俺は……あいつの意思を汚すことなんてできない。
人によっては綺麗ごとに聞こえるだろう……それでも俺は……あいつの、美奈の意思を尊重したい。
「そうか……くっくっ、ガキがいっちょ前に言いやがる。なら部外者のわいが言うことはねぇ。あばよ」
キャッチマンは愉快そうに笑うと。
俺に背を向けて歩き始めた。
「ガキ、卒業したらうちの店に来い。格安でとびっきりの女を紹介してやる」
そう言いキャッマンは去っていった。
「……卒業したらか……まずは今後どうするか考えないとな。はぁ、受験勉強でもするかな……」
美奈は俺のことを考えて去っていった。ならば俺にできるのは前向きに面白可笑しく生きることだけだ。
だから俺は――。
◇◇◇
余命10年ーー。
それが私、竜胆美奈が背負ったものだったーー。
それを聞いた瞬間頭の中が真っ白になった。
そしてーー。
今まで私が生きてきた人生はなんだったのか。それが真っ先に頭に浮かんだ。
私は小さい頃から病弱で病院と家を行ったりきたりしていた。
退院しては入院する。それの繰り返しだ。学校に行った記憶はあまりない。
そうして親にたくさんに迷惑をかけた。特に母親は病弱な私のことを1番に考え介護をしてくれた。
だがーー父は私とめんと向かって話そうとせずに、仕事ばかりして家にも病院にも寄り付こうとしなかった。
……今思えば私の入院費を稼ぐためにがむしゃらに働いていてくれてたのだ。しかし、当時の私はそれが理解できるほど大人ではなかった。
そしてやがてーー母が事故で他界してーー家族はばらばらとなった。
事故の原因は過労による運転ミスだ。
そう……私のせいで死んだのだ。私は家を飛び出した。もう何かもどうでもよくなった。
どうせ私は死ぬ。ならばせめて同年代の女の子のように楽しく過ごしたかった。
父は私への罪悪感からか、そんな私を止めなかった。お金だけ渡して「好きに生きればいい」それだけ言った。
愛する妻がなくなり、1人娘の寿命が10年……父も疲れていたのだろう……。
医師による健康チェックだけ念入りに私に受けさせて、黙認した。
頭の中がぐちゃぐちゃだ……。家族って何だろう……自由って何だろう? と、考えた。
そんな時ーー。
義孝君と出会い恋をした。初恋だったと思う。
私が知らない自由の過ごし方を知っていた彼に惹かれた。
様々な経験をした。アヤメちゃんを預かったり、カラオケに行ったり、風俗に乗り込んだり、ひまわり畑に行ったり……。
キラキラとした日々を過ごすうちにだんだんと、義孝君とずっと過ごすしたいと考えるようになった。
だけど……それはできない。
義孝君のような素敵な男性が、死ぬ予定のある女と一緒に居てはいけない。
『生まれてくる子供』は私が責任を持って育てるーー私が死ぬまでに絶対に幸せにしてみせる。だけどーー義孝君は自由で居てほしい。私の存在で彼を縛りたくない。
だから私は義孝君の前から消える。
最低だな私は……生まれてくる子供達も義孝君も裏切っている。これは完全なる自己満足であり私のエゴだ。きっと私は地獄に落ちるだろう。
だけどーー罪を背をってでも私は生きた証が欲しかった。生まれてくる子供達……私の宝物。
だから私はーー。
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