第89話 外伝『アーリーデイズ』(27)

 夜の10時我が家にて。


「義孝君。家族とは呪いのようなものだ……。そう格好つけて言ってみる……そう思う……例え縁を切っても、会わなくても、無関心でも……心の中では『繋がり』は続いてるのよ」


「……いや、帰ってきてそうそう、悟りきった表情でお前は何を言ってるんだよ」


 俺は中二病を発動した美奈をジト目で見た。

 そんな俺を美奈は鼻で笑う。


(なんか腹立つな……)


 アヤメと母親との一件から数時間後、俺たちは近くでスタンバっていたキャッチマンの車で家まで帰ってきた。


 母親はアヤメと一緒に暮らす覚悟をした。

 アヤメの気持ちを聞いて心境の変化があっただろう……まあ、俺みたいな若造にわからんけど、人間はそう簡単に変われないかもしれないという……でも……それでも……。


「ふっ、あの親子なら大丈夫だよ……きっと前を、明日という名の太陽を見て進んでいけるよ。私たちの様にね」


 ……この中二病が言ってくれた通りだ。

 まあ、あの親子なら大丈夫だろう……勘だけどな。

 

「はぁ、というかなんだよ。お前、家に帰ってきてからずっと変な言い回しばっかしやがって。遠い目で外の景色なんか見てよ……家からじゃ民家しか見えねぇだろうが……」


「ふっ、見えるよ……心の風が」


 くっそめんどくせぇ。


「はぁ、悟りを開きたくなる気持ちもわかるけどな……俺たちの妹が帰っちまったしな」


 当然だがアヤメは母親と一緒居る。

 話では夏が終わるころには本当に国に帰るらしい。そうなるとアヤメにはそう簡単に会えなくなる……そう思うと寂しさが込み上げてくる。


「はぁ……この家もなんだか広く感じるな……アヤメがいるとそれだけで明るかったし」


 それにあと少しで、こいつもいなくなるんだよな……そう考えると憂鬱だ。


「だよねぇ……暗闇に悠然と輝く月の光みたいーーこのキャラ飽きた。やめる。ねぇ義孝君今日は疲れたから早めに寝ようか?」


「…………」


 おい。急に素に戻るんじゃねぇ。自由すぎるだろ

 俺いきなりの変化に対応できねえんだよ。


「はぁ、いいや、お前先に風呂入れよ」


「うん……」


 美奈は俺の言葉に頷くが、どうにも歯切れが悪い。ん? 美奈も疲れてるはずだからとっとと寝たいはずだけど……。


「どうした? 気になることでもあるのか?」


「…………」


 美奈は何かを言いにくそうにしていて……やがて意を決したように口を開いた

 その顔は真剣で……さっきとは一転、重々しい空気を感じる。


「えっと……私、実は家出してきたんだ……ごめんなさい……最初に話すべきだったね」


「…………そうか」


 美奈の家族というものへの感情や反応を見れば予想ができたことだ……。美奈は家族という概念に強い想いと、感情を持っている。


「それで……理由は」


「あー、それは内緒かな? はい、この話は終わり! お風呂入ろうっと」


 おい……ここは感動的な独白シーンじゃねぇの?

 なんでてめぇは風呂に入る準備をしてるんだよ。


「ん? 義孝君どうしたの? 一緒にお風呂入る?」


「そうじゃねぇよ! いきなり話を止めるなよ! 気になるじゃねぇか!」


 お前はどんなエンターティナーだよ。


「うーん…義孝君には聞く権利があると思うんだけど……それにここで話さないと私すっご嫌な女になるよね……でも、やっぱりいや。ぷいっ」


「てめぇはガキか……なんでそんなに話したくねぇんだよ」


 俺ってそんなに信用されてないのか……? それは、かなりショックだな……はぁ。

 

「あっ……うぅ、ち、違うよ? 別に義孝君を信用してない訳じゃなくて……むしろ、義孝君だから話したくないのであって……」


「お、お前どうした? いきなりびっくりするぐらい。挙動不審になったけど……」


「だ、だって……そ、そっちが寂しそうな顔するんだもん……」


「ば、馬鹿! 別にそんな顔してねぇし……」


「わかった……言えない理由だけ教えてあげる。それは――」


 美奈の目が緊張のせいかあっちこっちに動き、頬が赤くなり……。


「よ、義孝君が……好きだから。世界で一番だ、大好き――」


「……………………………………へっ?」


 何を言われたかが理解できない……いやだってこんなこと女子に言われたの初めてだし……。


 そして美奈はそれをごまかすように早口で言葉を続ける


「で、でもだから、じ、事情は話せないし、夏が終わったら一緒には居られない……」


「……そ、そうか」


 ろくにまわらない思考で美奈の言葉の意味を必死に考えた

 多分……その決断は俺のことを考えてのことだろう……美奈のことはわからないことが多いが、それだけはなんとなくわかった。


「ああ、変な空気になっちゃったね! わ、私お風呂に入ってくるねっ!!」


「あ、ああ」


 美奈は逃げるようにお風呂場に向かった。

 はぁ、美奈は俺が落ち込むのをよく思わないよな……ならば笑って過ごそう。

 美奈と別れるその日まで……。


 そしてーーそれから何日かが経過し、夏休み最後の日、俺と美奈は結ばれーー二度と会うことはなかった。

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