第81話 外伝『アーリーデイズ』(19)

 豪勢なチャーハンを作らされてから数日後。

 ……あれは疲れた事件だった……カニの捌き方で悪戦苦闘した。

 素人が図書館で借りた『誰でも簡単タラバでカニチャーハン』を参考にした程度で作ったのだ……それなりの犠牲は仕方ないのだが……。

 100円ストアで買った包丁は臨終し、指は甲羅で切るし……マジで散々だった。


 まあ、その犠牲があったおかげか、見た目はともかくとして、そこそこ美味いカニチャーハンと燕の巣のスープが出来上がった。


 ……かかった金額を考えると頭痛が起こりそうだったので、考えるのをやめた。


 うむ。心労になりそうなことは馬鹿なふりをして、気が付かないふりをするのが、このストレスに満ち溢れた世界で生きていくコツだ。


 まあ、こんなことを言うと、キャッチマンあたりに「学生の分際で偉そうに言うなっ!」とか怒られそうだけど……。


 それで今日はというと……。


「だらぁ……」


「だらだらだね……むにゃむにゃ」


「だらだらでござる……ござる……」


 いつも通り朝からクーラーの温度を18度にして家でダラダラしていた……。


 外は今年最大の猛暑で35度を越えているらしい。

 こんな日に外に出るとか正気の沙汰じゃない。


 でも、若者がせっかくの夏休みに無為に時間を浪費していていいのだろうか……。

 はぁ……でもあれからソープさんとキャッチマンからの連絡はないし……アヤメは『表面上』は元気に振舞っているが……はぁ、早くどうにかしてやらないとなぁ…………


『こちらをご覧ください。今見ごろを向かえています!』


 そんなことを考えていると、垂れ流しにしていたテレビに昼前のニュースが映っているのが目についた。


「なんだ……あれ?」


「わあああああ! いっぱいのひまわりさんでござる!!!」


「ああ、今ひまわりが時期なんだね……ふーん」


 テレビの画面には『生放送! ひまわり満開』とテロップがあり、綺麗に咲き誇るひまわり畑と大勢の客が楽しむ様子が映し出されていて、その画面をアヤメが張り付いて見ている。


 そのハイテンションな様子とは対照に……俺と美奈は冷めたような視線をテレビに送っている。


「なにが面白くてこんなクソ暑いのに、外に出るんだこいつら? 何? こいつらどMなの? 性癖をさらすためにあそこにいるのか?」


「ほんとにねぇ~。何が面白くて花なんか見てるんだろう? そんなにいい物じゃないでしょーー」


 うむ。若者らしくも女らしくもないな……。

 まあ、美奈が花で「きゃー可愛い!」みたいな反応をするなんて想像つかないな……。なんか妙に歳のわりに現実見てる感じがするしな……。


「お前さ、女子なら花とか好きじゃないの?」


「ああー! そういう偏見よくないよ? まあ、アヤメちゃんぐらいの時は好きだった気もするけど……ふっ、歳をとるとそういうのを好きだった感性を失うんだね」


「黄昏てるんじゃねぇ」


「そうは言うけどね……昔から花を貰うことが多かったからありがたみがなくてね……」


 美奈はため息と共にそんなことを言う。その反応はさっきまでのギャグっぽくい感じではなく、なんだか素の反応ぽかった。


「ん? お前そんなに花なんか貰ってたの?」


「あ、ああ……」


 美奈はまるで自分の失言を後悔するように顔をしかめるが、すぐにいつものように

 明るい笑顔になった。


「ほら、私って昔からモテモテだからさぁ。いっぱい花とかもらっちゃうの。でも私って義孝君一途な女だから全部お断りしてたの。そう。だから花には大人の女の罪悪感が多く含まれているのです」


「お、おう……」


 美奈はまくしたてるように俺に詰め寄ってくる……。珍しい反応だ……どうやらよほど突っ込まれたくないらしい。

 というか……俺とお前があったのは最近になんだから俺は関係ないだろ……。


(まあ、触れられたくないようだから、スルーでいいか)


「お兄ちゃん、美奈ちゃん……ござる」


 くいくい……。


 その時、アヤメが俺のシャツを引っ張りながら、何かを期待するような顔で見つめてくる。


「あやめ……ひまわりがみたいでござる……ここに行ってみたいでござる」


「ここって……ひまわり畑か?」


「うん……でござる」


 アヤメはこくりと頷く。

 アヤメが自分で何かをしたいって言うの初めてだな……なんだか嬉しくなってしまう。


「そうか。そうか……」


「うーん、まあ、別に私も花が嫌いなわけじゃないし、いいんじゃない?」


 子供のおねだりには弱い。

 どうやら俺と美奈は共通の感性を持っていたようだ……数秒前までひまわり畑をクソボロに言ってたのにな……。


「わああああああ!! 本当に? いいでござるか? お兄ちゃん、美奈ちゃん大好き!」


 アヤメは飛び跳ねて喜び、俺に抱きついてきた。

 まあ、ここまで喜んでくれるんなら猛暑の中、ひまわりを見るのも悪くないのかもしれないな……。

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