第82話 外伝『アーリーデイズ』(20)

 ひまわり畑に向かうことになり、電車で数時間ーー。

 俺の視界には壮大な山々の風景が広がり、都会では味わえない自然と戯れるということをしていた。

 マイナスイオンを感じまくって、テンションもフルマックス――とはならなかった。


『ミーミンミンンミンミン』


「セミがうるさい……義孝君……私……今すぐクーラーを過労死まで追い込んだ部屋に閉じこもりたい」


「…………」


 人生では選択の間違いで後悔することもあるだろう。人間の人生と後悔とは切っても切り離せない。なぜなら後悔しない人間などいないからだ……。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、大丈夫でござるか……?」


 俺と美奈、アヤメは例のひまわり畑がある駅にやってきていた。そこのベンチに座っている。


 しかし、今日の午前中にテレビでやっていたせいで人がネズミのテーマパーク並みに多いのと、この凄まじい40度近い暑さで完全にダウンしていた。

 さらにはひまわり畑を見るには軽く山を登らなければならないらしい……なんのギャグだ?


「あはは、お兄ちゃん! これからひまわさんが見られるござるねっ!」


(無邪気に笑う、アヤメはとっても可愛いが……ぶっちゃっけ来なきゃよかった……)


「さて……とりあえず、そこの喫茶店にでも入るか」


 駅近くの喫茶店だ。

 モダンな雰囲気で少し値段が高そうだが……もうここまで来て節約とか言う気はない。


 以前の俺なら「はっ、何? 今のやつってかき氷に1000円払うの? ただの水なのにw」とか、最高に馬鹿にしたが……今の俺ならかき氷に2000円は払える。


 プライドじゃ生き残れない。


「いいね……賛成……私……オレンジジュース飲みたい……」


 美奈はぐったりしながら手を上げた……こいつ大丈夫か……? こいつが具合悪そうにしてると、どうしてもあの薬のことが頭にちらつくな……。


 まあ、ぐったりしてるのもこんなに暑くちゃ仕方ないけど……。

 ここは増々涼しい場所で休憩するべきだろう。


「お前体調大丈夫か……?」


「あー、大丈夫っ! 最近体調いいんだぁ……でもこの暑さはどうにかならないかなぁ」


 そう言われれば美奈の顔色はいい気がする……額に汗を浮かべているけど……なんかエロい。


「あっ……? 義孝君ってそういう性癖?」


 悪戯っぽく笑う美奈……だから心を読むんじゃねぇ。


「うっせえ。とにかく今すぐ休もう」


「さんせえ! 何ならずっと喫茶店に居ようよ!」


「……悪くない」


 俺たちはもうすっかり、喫茶店でくつろぐ気満々だ。もう何のためにわざわざ苦労して地方までやって来たのかわからない。


 だが、今の俺らは休むのが第一目的だ……しかし、俺たちの中で唯一まともな思考回路の幼女が拗ねたように口をとがらせる。


「えええええ……お兄ちゃんたち30ふん前に休んだばかりでござるよ!」


「アヤメよ……人間休むのはとても大切なんだ。寝ない自慢ほど無意味な自己満はないんだ。人間には意味のある努力と無意味な努力があるんだ。これは……ふっ、だから今は休むべきなんだ……」


 俺は遠い目で晴天の空を見つめる……暑い。


「だから休めべきなんだ」何が? ツッコミどころ満載だ……まあ、裏を返せばそんな言い訳を幼女にするレベルでどうしようもない。


 そして――それは俺の隣のベンチでうなだれている美奈も一緒のようだ。


「そ、そうそう! アヤメちゃん、人間働き過ぎはよくない? 人間が真に集中できるのは3時間なんだから。だから社畜の様に働くのはよくないんだよ?」


 幼女相手にペラペラと言い訳を並べるダメなお兄さんとお姉さん。

 もはや恥も何もない……本気で休みたい。


「なんのことだかわかんないよぉー。むぅー。お兄ちゃん、お姉ちゃん! 早くしないとまっくらになっちゃうよ!」


 まったくもって正論だ。

 だが……ここで引く訳にはいかない。美奈は限界っぽいしな……俺もだけど。


「そ、そうだ。アヤメ、ソフトクリーム食べたくないか……?」


「……そ、ソフトクリーム? えっ……いいんでござるか……? もうっお兄ちゃんは武士の情けでござる。あはは」


 ふっ、所詮子供か……言ってることは意味わからんが許されたらしい。人生の全てを言い訳に捧げてきた俺にとって子供の説得などたやすい。


 これでしばらくはゆっくりできそうだな……でもアヤメの言う通り、あんまりぐだぐだしてると暗くなるな……はぁ。


 そうして俺たちは喫茶店に向かった。


   ◇◇◇


 店内に入ると、30席ほどの店内には半分ぐらいのお客さんがいた。

 外装もモダンでお洒落だったが、店内もアンティーク調のテーブルや椅子が店内を飾り、木造の建物があたたかい雰囲気を出している。


 まるでヨーロッパにきたような気分にさせてくれる。


「ああ、涼しい……あっ、義孝君、ラッキーだね。意外に空いてるよ」


「そうだな……てっきり駅の混雑具合から満席だと思ったんだけど」


「そーふーとーくーりーむでござるー♪」


 まあ、混んでるよりはいいか。休みたいしーー。


『えええ!? 川島!?!?』


 その時ーー店内から俺の名前を呼ぶ声がした。反射的に振り向くと、そこには……。


 見覚えのあるようなないような……俺と同じ年ぐらいのショートカットの小柄な女の子が驚いた表情で立っている。

 少し地味な印象を受けるが可愛い子だ。


「あれ? 義孝君のお友達?」


「いや……)


(んんー? どこかで見たことあるかーー)


「ちょうどいいところにきた! ナイスベストフレンド! お店手伝って!!」


 そして女の子は駆け寄ってきて俺の手を握り、そんなことを言ってきた?


 え、えっ? い、いきなりどうした!?

 

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