第80話 外伝『アーリーデイズ』(18)

 さて、美奈とアヤメを連れて家から2駅先にある大型スーパーにやって来た。ここは近所の住民たちが訪れる都会のオアシスだ。店内は平日の昼間というのに大勢のお客さんで賑わっていた。


 普通の野菜や肉などの食材はもちろん、総菜屋やパン屋、ケーキ屋なども多く入ってるスーパースーパーだ。


 今日のミッションは昼飯の確保……あわよくば夜飯も確保したい。

 スイカ1個食うとかケーキホール1個食うとかは一旦忘れて……。


「さあ、とりあえず別れて自分の食いたいものを持ってこよう。それでまとめて会計をする。アヤメ好きな物持ってきていいからな?」


「えっ!!! なんでもいいでござるか! 武士の情けでござるか!」


 こいつ6歳なのに難しい言葉知ってんな……まあ、子供が持ってくる食べたいものなんて5、600円の可愛い物だろう……。


 ……問題なのは面白さのためなら、魂すら売る変態のこいつだ。


「義孝君、義孝君や。そんな怪しむような眼で見られると……ちょっと興奮するじゃないか」


「お前……言っとくけど……限度はわきまえろよ?」


「ええー、私わきまえてるよ――」


「例えばエロ本を持ってきて「義孝君には最高のおかずだよね?」とかすっぽんを丸1匹持ってきて「精力を付ければ人生楽しくなるよ?」とかいうのはなしだ」


「…………」


 おい、目をそらすんじゃねぇ。ちゃんとこっち見ろや。


「お前な……こういうのは面白ければいいっていうものじゃないぞ?」


「で、でも……せっかくこんな面白うそうな企画なんだから面白さって大事だと思うの。面白さを失った世界なんて色を失った悲しい世界だよ」


「み、美奈ちゃん。泣かないで……ぐすん」


「…………」


 ……お前マジで泣きそうな顔すんなよ……アヤメがもらい泣きをしてるじゃねぇか。。

 しかし、散々美奈に小言を口にした俺が言うことでもないが……美奈の言うことも一理ある。人間という生き物は面白さを求めることを失ったらおしまいだ。

 なので……。


「適度に俺に迷惑をかけない範囲で、俺が面白いものを持ってこい」


「さらりと難しい注文をしてくるね……。だけどそんな無茶ぶりに答えてこそ美奈さんなのです」


「あやめ、お兄ちゃんと美奈ちゃんのために面白くて美味しい物もってくるよっ!」


「ああ、アヤメは本当にいい子だなぁ……よしよし」


「えへへ、お兄ちゃんのなでなですきーー」


「うっ……またアヤメちゃんのことをひいきした……ロリコン。犯罪者。誘拐犯」


 色彩の失った目でこっち見んな。

 お前、噂好きの奥様たちが大勢いるスーパーでなんていうことを言うんだよ。おい、みんなこっち見てるじゃねぇか。


 そんなこんなでもう不安しかなくて逆にワクワクしてくるミッション開始。


   ◇◇◇


 そして10分後。

 各々食べたいものを持ち寄って来た。俺は買い物カゴに『あるもの』を入れており、アヤメは楽しそうに笑いながら背中に何かを隠していて……美奈は――。


 ……何故か赤ん坊が入りそうなぐらい大きい発砲スチロールを持ってニコニコしている。心なしか持っている発砲スチロールががたがたと動いている気がする……。


「元あった場所に戻してきなさい」


「えっ!? 見てもくれないの!?」


 いや……だって……。それ本当に食えるものなの? 別にペットを連れてこいと言ったつもりはないぞ?


 う、うむ。まずはアヤメの持ってきた物を見せてもらおう。


「アヤメは何を持ってきたんだ?」


「うん! 燕の巣!!!」


「なんで!?」


 いや、この子なんで中華三大珍味の1個を持ってきてるの!? 


「面白くて、とっても美味しいってテレビで見たもん! ちゃーはんに入れるの!」


 いや、確かに面白くて、美味しいのかもしれないけど……。

 こんなのよく10分で探してきたな……確かに面白い。くっ、行動力が無駄にすごい……さすが有言実行少女。


 まあ、一応キープしておこう。こんな食材上手く使う自信なんか微塵もないけど。


「それで次は俺だな。じゃん! 最高級魚沼産コシヒカリだ!!! 一度こんなクソっ高い米を食ってみたかったんだよ!」


「ええ……義孝君なんか地味」


「お兄ちゃん~~お米なんて面白くない~~もっと面白い物じゃなきゃダメでござるよ?」


 辛辣な居候どもだ……俺今ちょっと泣きそうなんだけど。


「……い、いいよ。いいよ。俺は1人で卵かけごはんとか、ふりかけご飯とか、梅干しご飯とかを堪能してやるんだから」


「メニューまで地味だね」


「ちゃーはんがないでござる……じみじみ」


 マジで号泣するぞ?

 ああ……地味って言われるのは、なんかゴミって言われるよりも傷つくかもしれない……。


「はい……そんな人の夢を否定する美奈さんはどんなものを持ってきたんですかね」


「美奈ちゃんの持ってる箱、がたがた動いてるでござる!!」


「ふっふっふ、見て驚けい! じゃーーん」


 美奈が勢いよく発砲スチロールのフタを開く――。

 そこには――。


「タラバガニだよ!!!!」


「わあああああ、かにさんでござる!」


「元あった場所に返してきなさい」


「真顔で否定された! 待ってよ! 何がいけないの!」


「それいくらだ?」


「えっ……に、2万5千円……」


「元あった場所に返してきなさい」


 こいつマジで馬鹿じゃねぇの? そこまでの笑いは求めてねぇよ。

 てか、よくあったなそんなの……さすがスーパースーパー。


「や、やだよ。もうこの子に名前も付けたんだもん! ねぇ、エリザベス?」


 お前それ食うだろ……? めっちゃ猟奇的じゃねぇか。


「無理だ。キャッチマンから貰った株主優待券は5000円分だぞ? そんなの買えるわけねぇだろ」


 俺は株主優待券をひらひらさせながら、呆れた風に言う。

 というか……燕の巣と米も買えるか怪しい。


「ええ……カニの気分だった――ん? 義孝君、その優待券5万円って書かれてない?」


「えっ……?」


 俺は指摘されて……券をジッとみる……なんか0が1つ多い気がする……。


「…………」


 どうやら、俺の貧乏性の目が0を1つ消して見ていたようだ……。

 い、いや、だってこれ「美味いもん食え」って渡されたんだぞ? まさか5万円だとは思わないだろ……5万で何を食えっていうんだよ。


「……全部買うか……俺が全ての食材を使った究極のチャーハンを作ってやる」


 もうこうなったら自棄だった……。


「わああああい、お兄ちゃんのチャーハンだ!」


「うんうん! それがいいよ。エリザベス、一緒に帰れるね」


 だから……お前それ食うんだからな……?

 俺は何かに負けた気持ちなりなら、高級食材たちを持ってレジに向かったのだった……。

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