第64話 外伝『アーリーデイズ』(2)
16年前――。
月は8月。曜日は月曜日。時間は朝10時。
高校3年生である川島義孝はとある悟りを開いていた。
「帰れやクソガキ!!! ここはてめえのような奴が来る場所じゃねぇ!」
「待てよキャッチマン!! 俺の話を聞いてくれよ!!」
俺は風俗街のど真ん中でサングラスをかけたスーツ姿の中年と言い争っていた。
その様子を通行人たちは奇怪な物を見る目で見ていたが、そんな視線ごときでは引けない『理由』が俺にはあった――。
「俺はここで童貞を捨てるんだ!!!」
こういうのもなんだけど俺はクソガキだ。
青春の夏休みに未来へのやる気がない俺は、周りが受験勉強に勤しむ中、1人で遊び歩いていた。
だが夏休みが2週間も過ぎるとやることはなくなり、寝ている時間だけが増えていった。そんな自分がダメだと思い、意気揚々と外に出てきたわけだ。
そして自分がダメな理由を真剣に考えた……それは彼女がいないことだ。
そうだろう。彼女がいれば俺はこんな孤独な夏休みを過ごさなくて済むはずだ。
しかし、簡単に彼女ができれば苦労はしない……そして1つの真理に辿り着いた。5分前に。
それは……金の力でエロイことをさせてくれる彼女を手に入れればいいのではないか? 時間限定の。
「キャッチマン! 通してくれ! 金ならある! 俺は『ソープ』に行くんだああああ!!!!」
「クソガキが客な訳ねえだろが!!! 帰れ!!!」
人生とはままならない……せっかくバイトをして稼ぎだした3万円を握りしめてやって来たというのに……受付にすら入れないとは……。
くそ、大人っぽく見えるようにわざわざスーツまで買ってきたのに……くっ、このキャッチよく俺を高校生だと見抜いたな。
「はぁ、あのね……ガキよ。よく聞け」
キャッチマンは大きくため息を吐くと、たばこを取り出して火をつけた。
俺はそんな姿を見て盛大に弱みを握った気になる。ふんっ、ガキが増長するといかに厄介か教えてやる。
「ああ!! おまわりさん!! このおところじょうでたばこすってます!」
「てめぇ棒読みでサツを呼んでるんじゃないわい!!!」
『何!? お前そこを動くな!!』
お巡りさんが全力疾走で走ってきた。
◇◇◇
「はぁぁぁぁ、ガキよく聞け……」
職質を終えたキャッチマンは哀愁漂う男の顔をしていた。
ちなみに俺も高校生の分際でソープに行こうとしたことがバレて、お巡りさんにめっちゃ怒られた。
キャッチマンが身内だとお巡りさんを言いくるめてくれたおかげで、何とか補導は免れたわけだが……。
「ふっ、キャッチマン……路上喫煙の次は経歴詐称か……ふっ」
「鼻で笑ってるんじゃねぇ!!! てめぇの所為だろうが!!!」
「ひとのせいするのいくない」
「黙れや!!! はぁぁぁぁぁ、なんでわいはこんなクソガキの相手をしなくちゃいけねぇんだよ……」
俺もそう思う。この人なんだかんだで面倒見がいいな……。
これなら押せばいけるかもしれない!!
◇◇◇
そう思ってた時期が俺にもありました。
あの後キャッチマンに「若いうちから金に頼るのはよくない」とか、「クラスの女子を誘ってホテル行け」など、正論や暴論をぶつけられて帰らされた。
……ムカつくので後でネットにキャッチの態度が悪いって書き込んでやろう。
「はぁ……むなしい……スーツ着てる所為でクソ暑いし……」
『ミーミン!! ミンミン!!!』
そんな負け犬な俺は人通りの少ない裏路地を歩いていた。セミの鳴き声が鬱陶しい……。
(はぁ、俺は一体何がしたいんだろうか……受験勉強もせずにソープに行こうとして……)
「はぁ、勉強するか……いやでもな……」
俺は別に勉強したくない訳ではない。いや……したくないわ。
なんか……受験勉強をすればするほどむなしくなるんだよな……俺は何のために生きてるのか……みたいな感情があふれてくる。社会に反抗をしたい。
まあ、ただの中二病とか遅い反抗期とか言われればそれまでだけど。
「なんか面白いことでもないかな……」
『くすっ、それならこの夏に私と一緒に想い出を作らない……?』
その時、俺の後ろから声が聞こえた――。透き通っていてハキハキした若い女の声――。
反射的に振り向くと、すぐ後ろに長くて綺麗な黒髪が特徴の美少女が立っていた。
ブレザータイプの見たことがない制服を着ている。歳は俺と同じくらいか?
スタイルはかなり良く、足は150センチ後半の身長と比べて細くて長く、そして……ブレザーの下からでもわかるぐらいの巨乳だ。
(うわぁー芸能人って言われても疑問を持たないレベルの美少女だな……)
「えっと……今俺に話しかけた?」
「うん♪ キミ、私と想い出を作ろうよ。私が楽しめたら夏休みの最後にセックスしてあげる」
「…………はっ?」
……こいつ今なんて言った……?
僕は美少女が発した言葉で思考がフリーズしてしまった。
そう。これが出会い。『美奈』との――初めての会話だ。
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