第62話 外伝『みんなで正月』

 1月1日15時。

 義孝のアパートの前、2人の仲がよさそうな親子、由衣と絆の姿があった。

 今日は実花に……。


『みんなで乱交パ……違う。私はこういことを言うのはパパだけにしたんだっけ……うーむ。油断すると昔の癖が出ちゃうなぁ~。おっと、要件だよねっ。正月パーティーをしようよっ! みんなで楽しくっ!』


 というお誘いを受けたからだった。

 なんというか……実花が不穏なことを言った気がもするが……。


(ま、まあ、絆はみんなと会いたがっているし……それに、1年の初めに店長と会えるなんて縁起いいし……)


「まんま、おじちゃんたちにあえるのたのしみだねぇ~」


「ええ、ふふっ、そうね」


 正月のわくわくした雰囲気もあわさってか、絆はつねに笑顔で「他のみんな」と会うのを心から楽しみにしていた。


 それは由衣も同じだ……だが、気が重いこともある。由衣の想い人である義孝は、隣の明菜と2人の娘にも恋心を抱かれているということだ。


(幸い……フェアな勝負をみんな意識してるから……争いにはなってないけどね……『誰が付き合っても文句なし』それが一番に決めたことだし)


 それでみんなの地の性格の問題か、特に争うことなく友達になっている。


(みんな……心が綺麗すぎるんだわ……ちょっとのことで嫉妬する私が恥ずかしいわよ……でも、ちょっとムカつくのが……店長本人は何も気が付いていないってことよね……)


「はぁ……」


「? まんま、どうしたの? おじちゃんのおうちにいかないの?」


「い、いや……そうね。そうよね。いつまでも家の前で立っていたら怪しいわよね」


「?」


 絆がまだ不思議そうな顔しているが、由衣は咳払いを一つしてごまかす。

 

(はぁ、絆にもいつかはこの想いを話さないと……反発はあると思う……でも、心から話せばわかってくれる……と、いうのは自分勝手な考えよね……それに店長が私に振り向いてくれるんて決まったわけでもないのに。ライバルは強力だし……はぁ)


「はぁ……」


「もうっ! まんま、またためいきしてる! おばあがいってた! しあわせがにげちゃうんだよっ!」


「ご、ごめんなさい……そうよね……そうよね」


 4歳の娘に怒られる自分に対して情けない気持ちになりながら、絆の手を握って義孝の部屋に向かった。


   ◇◇◇


「由衣、絆さん。よく来たね。上がってください。まあ、適当に今年もよろしくお願いします……」


「わぁぁぁ! みきちゃんだぁぁぁぁ! おめでとううう」


「ええ、こっちも適当にお願いするわ」


 チャイムを鳴らすと、由衣は私服のワンピースにエプロン姿の未来に出迎えられた。

 未来はいつもの無表情だがどこか柔らかい雰囲気がある。


 絆が家出した件から、互いに憎まれ口を叩きつつも。なんだかんだ言って仲がいいと言われる関係が続いている。


「みなさんもう来てるから。今お料理できるし、部屋でくつろいでいて」


「あっ、私も何か手伝うわ」


「きずなもっ! きずなもやりたいよ!」


「いいですよ。お客さんだし――」


 未来が首を振ると同時に部屋から由衣が聞き覚えのある声がした。


「おっ~由衣と絆、ようやく来たな! お前らもこっち来て飲めや!」


 それは由衣が務めている社員食堂の調理師であり、友人でもある三沢麻衣だ。

 義孝はどこかに出かけてるのか、姿が見えない。


 それで麻衣は完全に我が家と言った感じでくつろいでおり、正面にいる実花と楽しくおしゃべりをしながら、お酒を飲んでいたらしい。


「おーお、おめっとさん。ようやく来たなぁ~。あはははっ、実花きちって面白くてな」


「2人ともあけましておめでとうございま~す。あははは、麻衣ちゃんっていいこと言うよねぇ~。私ちゃんてば天才だから」


「わああ、みかちゃん、あけおめ~」


「もうっ、またテレビの真似をして……ちゃんとあけましておめでてございます。って言いなさい」


「あはは、いいじゃねぇか。堅苦しい」


 麻衣は軽く笑い飛ばすが、由衣としては絆にはおしとやかに上品に育ってほしいと思うが……。


(それを強制するのはしたくないし……はぁ、あとで夢野さんに相談しようかな……あの人ほわほわしてるけど中身はしっかりしてるから……あとで来るって言ってたし)


 そんなことを考えていると、麻衣がコップに入った日本酒を一気にあおる。


「あーあ、葵も来れればよかったのになぁ。正月も仕事とか正気の沙汰じゃねぇよなぁ。ぱふぁああああ! うめええ!!」


「はぁ、麻衣さん、いい感じで出来上がってますね……」


「はっ! 正月なんだからいいんだよ! お前も絆もこっち来て座れよっ! 飲めっ! 飲めっ!」


「……私も飲んでいいんですか? 仕方ありませんね。すみません。麻衣さんと同じものを――」


 由衣がわくわくして、饒舌に話しながら麻衣の隣に座り、絆もそれに続くように実花に抱きついて、膝の上に座った。


 麻衣はそんな由衣の姿を見ると、「しまった」と、いう顔をする。


「あっ、今のはなしだ。お前に飲ませるとテンチョーがうるせぇーんだった……たくっ、少しぐらいいいんじゃねぇかとは思うんだけどよ」


「むぅ、そうですよね。そうです……私も飲みたいのに」


 実際お酒が飲みたいわけではない。好きな義孝が飲んでいるから、自分も飲んでみたい。そんな子供みたいな考えだ。


 由衣自身も子供っぽいことはわかっているが……。


(店長と2人で……おしゃれにお酒を飲む……お、大人のデートって感じだし……というか……店長は……?)


「実花、そういえば店長はどこに行ったの?」


「あー、パパは何か正月割引があるとか言ってソープに行ったよ?」


「…………」


(あの人は……娘になんてこと言ってるの……? 店長のことは好きだけど、この趣味だけは許せない……くっ、なんで実花と未来は素直に受け入れてるの? 実花と未来の「父親が好きな人とやるのは嫌だけど、風俗嬢とならいくらでもオッケー」とかいう、とんでも理論がわからない……わ、私がおかしいの? これも……夢野さんに相談してみよう……)


 由衣が思考のラビリンスに入っていると麻衣が大げさに顔をしかめる。


「おい、実花きち。絆がいるんだからそういうこと言うなよ」


「あっ、しまった……」


「んんんん? みんななんのおはなしてるの? そーぷってなんなの?」


「お風呂屋さんです」


「わあああああ、きずなもおふろだいすき!」


 話を聞いていた未来が台所から真顔で答える。


(実花の失言をフォローしてくれるのは非常に助かるけど……それも絆が外で言ったら大変なことよね……あとで釘を刺しておかないと)

 

「由衣、まあ、いいじゃねぇか。そうだ。あたしおせち作って来たんだ。絆も食べられるように全体的にちょっと甘めにしてな」


「あっ、ごめんなさい。気を使わせてしまって……」


 麻衣の好意は素直にありがたく思うが……麻衣は絆の面倒を最近よく見てくれてるので、なんか申し訳なくなる。


「いいって、私はガキが大好きだしよ。それに……私は正月はいつも1人だったからこういうの楽しいんだよ」


「それは私もそうかも……去年はそんな余裕なかったから……」


「ええっ! そうなの!? それなら今年はパパとかみんなでお正月っぽいことたくさんしようよ!」


「みかちゃん、おしょうがつってなにするの?」


「お雑煮たべたり、おせち食べたり、海老を食べたりかなぁー。みんなで楽しくおしゃべりしながらっ!」


「食べてばっかりじゃない……」


 呆れながらもこの雰囲気を楽しんでいる自分がいることに気が付く……。

 由衣自身、それは義孝に会うまでの自分では得られなかった感情だろう……と、思っていた……。だからこそ由衣は――。


 ガチャ。


『おお、なんかみんないるなぁ』


『そうですねぇ~。ふふっ、にぎやかになりそうですぅ。みなさん、あけましておめでとうございます』


 その時、明菜と義孝が家に入ってきた。

 すると――女性陣の一部が目の色を変える。


「わあああああああ!!! 夢ちゃん抜け駆けしてるるううううううう」


「実花……お前は何叫んでるんだ……? はぁ気を付けろよ。お前は変人だと思われやすいんだから。まあ、変人なんだけど」


「えっ? み、みかちゃん、わ、わたしはそこでたまたま会っただけだから……」


「本当ですかね……お父さん、おっぱいに弱いから……そのおっぱいで」


「未来、落ち着きなさい。夢野さんがそんなことするわけないじゃない。ねぇ夢野さん……」


「ゆ、由衣ちゃん笑顔が怖いなぁ……あはは……」


「お前ら……ほんと何の話してるんだ? というかお前ら仲いいな……」


 実際そこまで険悪な雰囲気ではない、むしろ仲のいい同級生がじゃれあっているようにも見えるので、義孝が呟くようにそう言い……そこで思い出したように周りを見渡す。


「あっ……俺言ってねぇな。あけましておめでとう。今年もよろしくな」


「ええ、私の方こそよろしくお願いします」


 由衣は晴れやかな気持ちで正月を迎えられて――。


(くすっ、今年はいいことがあるかも……)


 そう思った。

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