第61話 家族の朝

 金曜夜のホテルでの懇親会から2日後の月耀日早朝。

 明菜は自分の部屋でカメラ機材の用意をしていた。


 夢野明菜は少し前に好きな人ができた……。

 その人は子持ちで風俗好きで、一般的な見たら駄目な人間なのかもしれない……。

 だけど……明菜にとってはこの世で一番好きな人だ。その人の頑張る姿が好きだ。娘のために心から頑張る姿が大好きだ。


 だからこそ――自分も近づきたい。

胸を張って『自分もあなたと同じで好きなことをしている』そう、言いたい。

 だからここから始めることにした。

 自分が一番好きなことを――。


(ホテルでみんなとした『約束』を果たすんだぁ。ファイト、わたし、絶対有名な『配信者』になるんだからっ!)


「え~っと……初めましてこ、これから、い、い、いっぱいたべます」


 明菜は自室でまわるカメラに対して笑顔でそう言った――。


   ◇◇◇


 同時刻、都内幼稚園。


「まあま!! おしごとがんばってえええ!!!」


 音無由衣は幼稚園で元気に手を降る娘に同じく笑顔で手を降る。

 周りにも親子が別れを惜しんでいるが、それに負けないように誰よりも笑顔で。


「ほら、あの人……随分と若い奥さんね……」


「何か事情があるのかしら?」


 その時――後ろの保護者からそんな声が聞こえた来た。


(くすっ、前の自分なら「文句あるんですか?」と、突っかかっていたかもしれないわね。今は他人に何を言われて笑顔で言える)


「おはようございます。私は絆の母親です」


 そう言うと保護者たちは愛想笑いを浮かべて去っていく。

 先はまだ長いようだ……。


 由衣は絆を立派に育てるために前に進んできた。そう。それだけを信じてずっと前に進んできた。今思えば自分のひとりよがりでしかなかったということがわかる。

 自分は母親になることだけに着目して絆を見ていなかったのだ……。


 そして、そんな考えを……1人の馬鹿な上司に砕かれた。自分と同じような立場、自分と同じような環境だったのにがむしゃらにあがいてあがいて……あがき続けた。

そして、由衣と彼が決定的に違った点は――彼は『家族』を見ていたということだ。どんな状況でもまっすぐに家族だけを見続けた。彼は立派な父親だった。


そして、彼の背中を見て得た答えが「手を抜くことも大事」だと教わったからだ。


(くすっ、本当にいい反面教師でありながらいい教師だわ……だからこそ、私は店長のことを……好きになったんだ。ふふっ、彼女たちには負けられないわね)


「さて、仕事に行きますか」


 由衣は大きく一歩を踏み出した。


   ◇◇◇


 同時刻、通勤ラッシュ賑わう駅前。

 俺と娘と愛する娘たちは早歩きで人波をすり抜けるようにして、駅の改札を目指していた。もう忍者さながらの動きだ。

 ワールドレコードを切れるかもしれない。なんの?


 まあ、それはともかくとして、俺たちはとても急いでいた。


「わああああああああああああ!!! パパ早く電車乗らないと、間に合わないよ!」


「まったく……親子3人で寝坊なんて笑えますね……どうです? お父さん? 学校なんて休んでそこのピンク色のホテルで休憩でもしませんか? お父さんは動かなくてもいいです。私たちが頑張って動きますから」


 駅に人がごった返しているにもかかわらず、真顔でそんなことを言う変態。


「あっ、いいね!!! 汗かいたからシャワー浴びたいし!!! 3人で入ろうよ!!」


 変態1名追加です!


「お前ら人込みで何口走ってやがる! 皆様びっくりしてるだろうが!」


 冷ややかな視線がむしろ気持ちいい!! 俺も変態だ!

 くそっ、学食オープン初日に遅刻なんてマジで洒落になんねぇぞ! 当日準備することは山ほどあるのに!


「あっ、パパ突然なんだけどいい?」


「はぁ? なんだこのくそ忙しい時に!」


 早歩きを止めずに実花の方を向く。

 すると実花は満面の笑みで……。


「この前ホテルで私パパの恋人に立候補しました!!!!!!!」


「だから駅前で頭のおかしいこと言ってるんじゃねぇ!!!!」


「あ……私もです」


 お前も変態か!?


「パパモテモテだねぇ、立候補者があとふたりもいるんだよ?」


「お前の妄想に付き合ってる暇はねぇんだよ!!」


 なんだよ。その誇大妄想は! 月曜の朝から垂れ流していい電波じゃねぇぞ……っと、思ったが実花と未来の顔がやたら真剣なのに気が付く。


 …………おい、待て。今のよくわからん話マジなの?


「パパ♪ いつまでも一緒だからね」


「私もです……私も一緒に居たいです……」


 そう――俺たちはいつまでも一緒だろう……。

 なんていったって俺たちは――『家族』なんだから。

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