第59話 竜胆美奈の願い(3)

 爺さんが主宰の懇親会も開催から1時間が経過していた。

 メンバー同士は俺つながりで元からそれなりに仲がいい。なので最初は訳のわからん会場のせいで多少ぎくしゃくしていたが、その場はすぐに明るい雰囲気になっていた。


 こうなれば爺さんと俺も話しやすい。そう、俺の目的は爺さんと話すことだ。どういう性格なのか? どういう好みなのか?

 これだけ美女がそろう中で爺さんと積極的に爺さんと話そうとしている男として俺はどうかと思うが……この際どうでもいい。明日の休みにでも風俗に行ってリフレッシュしよう。

 というか……そもそも爺さんが俺のことを拒絶したら、俺どうするんだろ……。

 娘たちと別れて生活するとか? ……それは避けたい。

 自分でも深い理由なんてわからない……でもそれは俺の中で最悪の選択しだ。


 だから俺は――。


『あははははっ、爺さんすげぇー飲みっぷりだな』


「おっほほっ、お主もなかなかじゃな」


 盛大に酔っぱらっていた。なんか小難しいことを考えていたら、どうにも酒がほしくなり、ペースも考えないで飲み続けた結果がこれだ。

 爺さんもノリがよく、俺のペースに合わせていて飲んでいたせいで、かなり酔っぱらていた。だが、まだ余裕があるようにも見える。


 なかなかやる。負けてられねぇな。


「お父さん、お爺ちゃん……飲み過ぎです。私お水を取ってきますね?」


「テンチョー、気を張るのはいいけど酒に逃げるのはよくないぞ?」


「そうそう、こんな豪勢な料理ではしゃぎたくなる気持ちはわかりますけどね~」


 三沢と葵ちゃんはキッチンに水を取りに行く未来を見送りながらあきれた口調で言う。

 傍から見ても俺と爺さんはだいぶ酔っぱらっているらしい……。


「ん? そういえば他の連中はどうした?」


 この場にいるのは俺と爺さん、三沢、葵ちゃんだけだ。実花、夢野さん、音無さんの姿が見えない。


「あ~、あいつらか……」


「なんかミカミカが話があるって言って屋上に連れて行ったよ? ここの屋上風景がきれいで絶景なんだって」


 この部屋から見える景色も十分絶景だと思うけど。

 どうやりゃ、俺は自分の金でこのレベルの部屋に泊まれるようになるんだろう……やばい、現実を見たら、なんだか酔いがさめてきた……現実とはつらいものだ。


「はい、お父さん。お水です……お姉ちゃんはけじめをつけに行ったんだと思います」


 未来から水を受け取ると、何となく事情を察した。

 絆ちゃんの家出の件か……確かにあれは実花の暴走でふたりには迷惑をかけたからな……実花自身、けじめを付けたいんだろう。


 ん? 未来が俺のことをにらんでいるような……。


「はぁ、それだけじゃないと思いますよ……? はぁ、お父さんは鈍感です」


「おい、なんでお前は俺の考えてることがわかるんだよ……」


「お父さんの娘ですから」


 にっこりとほほえむ未来。うむ作り笑顔感が半端ない……。それだけじゃないってどういうことだ? ……さっぱりわからん。

 ……実花のやつふたりに迷惑をかけなければいいけど……。


「それならこっちも本題の話をするかのぅ」


 その時爺さんが俺の方に向き直る。その顔は酔っ払いの老人ではなく、多くの人間の上に立つ『竜胆』の顔であると同時に――。


「息子よ。すまなかった……」


 父親の顔だ……。

 爺さんは大きく頭を下げる。

 俺の思考が真っ白になる。それは酔いのせいでもなく、今状況が信じられない。


「お、おい待ってくだ――」


「おほっほっ、わしらの関係に敬語など必要ない。普通に話してくれんかのぅ」


 だいぶ目上の人だが……本人がそういうなら問題ないな……。

 というかさっきまでのバカ騒ぎでは普通にタメ口聞いてたしな……いきなり爺さんが現れて根を詰めていたとはいえ、それはどうなんだ……俺。


 はぁ、今はそんなこと考えてる場合じゃないか……真面目な話みたいだしな。


「まずはお主にこれを渡そう」


 爺さんは俺に1通の封書を渡した。その顔は真剣そのもので……優しさに見ている気がした……。


「これは……?」


「美奈の……遺言じゃよ」

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