第58話 竜胆美奈の願い(2)

 俺はとある都心のホテル竜胆の爺さんに連れられてやってきた。どうにも俺と酒を飲みたいらしい。友好的でほっとする。

 爺さんから見れば俺は『美奈の件』で「娘をたぶらかした馬の骨」そう思われてもおかしくないと思っていた。

なので俺としてもこの提案は願ったりかなったりだ。 

仲良くしたいからな……だけど1点だけどうしようもないことがある。

それは――。


「わああ、パパ、すごい部屋だねっ……! わっ! ベランダには温泉までついてるよっ! 後で一緒に入ろうよ!」


「あっ、お姉ちゃんずるいです。私も入ります」


「おほっほっ、孫が喜ぶ姿は見ていて気分がいい。今度ホテルごと貸切ってやろう」


 このわけのわからん金銭感覚だ。

 俺が爺さんに連れてこられたホテルは都心にある超高級ホテルで、部屋の広さは学校の教室5つ分ぐらいある。

 装飾品も金やらダイヤやら散りばめた壁時計や、なんかたかそうな絵画、年期は入ってそうだがそれが値段を高くしていそうなアンティーク家具など……。


 明らかに一般人が入っちゃいけない類の部屋だ。恐れ多い。すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られてくる。


 一杯飲みたいって……その辺の居酒屋じゃないのか。まあ、噂の金持ち爺さんだから、高い店に連れてきてもらえるとは思っていたけど……でも……さすがに『ワンフロア』貸切るとか金持ちの桁が違う。


 そして俺が申し訳ないと思っているのが……軽い気持ちで連れてきた凡人たちだ。


「先輩! 先輩っ! これ前の弁当の時の比じゃないですよ! しょぼい月給の私はどうしたらですか!?」


「……て、テレビで見るようなホテル……わぁ……素敵、すっごく綺麗。絆も連れてきたかったなぁ……」


「なかなかのホテルだな……なるほど金持ちはこういうところに金をかけるのか。あたしにはさっぱりわかんねぇー感覚だな」


「実花ちゃんたちのお爺さんすごいですねぇ……うぅ、はぁ、私なんかが叶うかなぁ」


 遅い時間にも関わらず来てくれたマイフレンドたち。


 葵ちゃんは俺と同じようにみっともなく慌てふためいて、実に庶民らしい安心する反応だ。軽い気持ちで呼んだのを申し訳なく思う。


 一方音無さんはキラキラとした眼差しでホテルの部屋を見ている。どうやらファッションリーダーとしてこういう内装にも興味があるらしい。これは単純に連れてこれてよかった。


 三沢はしみじみと室内を見渡してる。こんな部屋に来ているのに冷静でいられるなんてすごいやつだ。

 音無さんから聞いたっていうか、本人も言ってたけど成金ってのは本当らしいな。

 余裕が他の凡人たちと比べて段違いだ。初めてこいつを尊敬した。


 そして最後に夢野さんはキョロキョロと周りを見渡している。なんかそわそわ、わたわたしてる。可愛い……なんか新しく家に来た子犬みたいだ。可愛い。

 葵ちゃんもこういう反応ができればモテるだろうに……これが女子力の違いか。悲しくなってくる。

 でも敵わないって……誰のことだろう?


「おいテンチョー……」


 なんてことを考えていると、三沢が呆れたものを見るようなジト目で他の人に声が聞こえないように配慮しながら、俺に話しかけてくる。こっちも小声で対応する。

 

「なんだ? 内緒話か?」


「ああ……そうだ。テンチョーに聞きたい。あの超絶ハイスペック美女は誰だよ」


「そこで見苦しく慌てふためいている葵ちゃんのことか?」


「馬鹿そっちじゃねぇよ」


「安心しろ俺もわかってる。葵ちゃんなんてその程度だ。どこまでも凡人だ」


「普通にひでぇな……可愛い子じゃねえか。一般レベルで」


 それって大事なことだぞ。なんか実家に帰った時のような安心感があるし。

 まあ、これ以上話をそらしても面白くはならないな。常に笑いにはシビアになりたい社畜が俺だ。


「夢野さんだ。俺のマンションの隣に住んでて実花がよくお世話になってる」


「お、お隣……まずいな」


「ん? なんかダメなのか? ひょっとしてお前俺のこと好きなのか?」


 冗談風に言ってみるが、三沢の顔は渋い。なんか解決しようのない問題を抱えた時の社畜の反応に近い。


「テンチョーは能天気だなぁ。それだったら話は楽だったんだけどな……お生憎あたしはテンチョーを好きじゃない。もっと調教のしがいのある。若いショタが好みだ」


 お前それ普通に捕まるやつだからな。


「はぁ、由衣なららくしょーだと思ってたのにこりゃ……大変だな」


 三沢は俺には聞き取れない小声で何かを呟いて俺から離れていった。


 あいつなんだったんだ……?

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