第55話 家族(4)

 三沢の無茶な運転で矢来市に到着し、そこから俺はすぐに墓地に向かった。この辺りが台風の影響で危険なのはわかっていたので、未来と三沢には姉妹の爺さんの家に向かってもらった。


 そして俺は雨に濡れながら、墓地に到着した。

 ……最初は傘を持っていたんだけど……台風のせいで秒で壊れた。

 マジでこの台風半端ねぇ……風は木をなぎ倒し、足元はまるで洪水のように水があふれている……

 そして天候は段々とさらに悪くなっていき避難勧告まで出ている今……よほどの馬鹿じゃなければ墓地に居るはずはないんだけど……はぁ、うちの娘はよほどの馬鹿だったか……。


 墓地に到着すると驚きの表情を浮かべている実花がいた。

 長い時間この場所に居たのか……見慣れた学校の制服は水を限界まで吸っていて、雨の冷たさのせいか肩は震えている。


「パパ……なんでここに……」


「なんでも何もな……」


 俺は不機嫌そうに頭をかく。

 もう不満はたらたらだ……。


「ここに来るまで駅前から1時間は歩いたから疲れたし、傘は秒で壊れてからびしょ濡れだし。これだから田舎は嫌いなんだ」


 だけど……見つけることができた……。


「パパ……私……」


「はっ、本当にてめぇには振り回されてばかりだよ」


 俺の人生はなんでこうなったんだろうな……半年前までは毎日毎日、深夜まで働いて休みもなく働いて……たまに風俗行って……。


 まさか父親になってこんな嵐の中で娘を探しに行くなんて考えもしなかった。


 だけどな……。


「俺はお前らの父親になれてよかった思うよ……」


「パパ……」


「なあ、美奈。俺は父親をやれてるのか?」


 天を仰ぐ、まあ、雨がすげぇー勢いで降ってるから、超目が痛いんだけどな……でも、なんかそれも気にならなかった。


「だめだな。ここにいると……なんかシミジミしちまうよ」


「この花。パパなんだ……」


「ああ、お前らの爺さんに一番最初に電話した時にここのことを聞いたんだ。それからちょいちょい来てるんだ……はっ、おかげで無駄な交通費を使ってるよ」


 悪態をつくが、気分は晴れやかだ……それは実花が無事見つかったからだ……どうやら俺は自分が思っているよりも娘のことを心配していたようだ。


「もう気は済んだだろ。早く帰るぞ」


「なんで……なんで! 私は悪いことをしたのに!! なんでそんな優しい言葉をかけるの!! 私にはパパの考えてることがわからないよ……?」


「なんだ怒られたかったのか? お前変態のくせにMも持ってるのか? 将来優秀――」


「いつもの冗談は今はいらない! 質問に答えてよ!!!」


 実花はなりふり構わず怒鳴り散らす……。おそらく俺の余裕を見せるような態度が気に食わないのだろう……でもなぁ……俺は――今の実花を怒るなんてことはできない。

 はぁ、説明するのも妙に気恥しいし、いつもみたいに適当にごまかしてしまおう。


「お前こそいつもの変態性はどうした? いつものお前なら……」


「……っ! これでいいの!?」


 実花は制服のスカートを脱ぎ捨てて俺に掴みかかって胸を押し当てて――ってこいつ何やってるの!?


「おい! てめぇはいつから露出狂になったんだ!」


「何言ってるの!? パパ以外に見られるのなんて死んでもヤダ!! 他の人が居たら舌を噛み切って死ぬ!」


「じゃあスカートはけや。というかパンツも脱ごうとしてるんじゃねぇ!」


 まずい。実花は意地になってるから、このままじゃ裸になりかねない。まあ、こんな大雨に人なんか来るはずないからいいだけど……はぁ、ここは素直に言うか。


「怒らない理由か……だってお前……すでに『泣いてる』じゃなぇか」


「えっ……?」


 実花は大雨のせいで自分ではわからなかったのか……そこで自分が泣いていることに気が付いたみたいだ……。


「な、なんで……私は泣く資格なんて……」


「馬鹿言ってんじゃねぇ。ガキが生意気言うな……母親が死んだら悲しい。当たり前のことだ。はぁ……なんで俺はお前のそばにいてやれなかったんだろうな……そうしたら、怒鳴って怒ってやれたのにな……」


「私は……」


 ずっと張っていた糸が切れたみたいだった……。

 つらかったのだろう……

 弱音をはきたかったんだろう……

 泣きたかったのだろう……


 だが、実花は笑顔でいた……それが一番母親が喜ぶと思って……母親に唯一できる償いと思って……もう、いいだろう。


「実花、人間悲しかったから泣くなんてのは当たり前のことだ。俺だって風俗でぼられたら泣く。それと一緒だ」


「私は……別に悲しくなんか……」


 言葉とは裏腹に実花の瞳から水分が落ちるながわかった……それは降っている雨とは違うものだ……。

 俺はそんな実花の頭を優しくなでる……それがきっかけだ。


「うぅぅ、うああああああああ。ママぁ、ママぁ、ごめんなさい……ごめんなさい……!」


「……好きなだけ泣け。俺が支えてやる。なんていった俺たちは『家族』なんだから……」


 そう。俺たちは家族だ……きっとそれが意味があることなんだから……。

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