第54話 家族(3)

 矢来市のとある墓地。

 ここは山の間にある墓地で、交通が不便なこともあり、普段からあまり人が来ない。さらには台風の影響でこの辺りは山崩れの危険があるため、実花を除いで人は一切いなかった。


 ザアアアアアアアアアアアア!!!

 雨が強く降り、傘をさしていない実花の身体を濡らしていく。

 だが、実花はそのことにはまるで気が付いてないような様子で、母が眠る墓石の前でただ立ち尽くしていた

 

「ママ……久しぶり……」


 小さく呟く。

 未来がここに来たのは初めてだ……母が亡くなって半年、思えば随分と遅くなってしまった……そんな想いが胸中に渦巻く。


 ここへ来なかった理由は単純だ。『母親に合わせる顔がなかった』。それだけだ。

 そしてここへ来てこうして立っていると嫌でも昔のことを思い出してしまう。


「…………だから、来たくなかったのに」


 竜胆実花は天才だった。

 小さいころから周りから神童と言われるほど頭の回転が速く、物覚えもいい、運動神経も抜群で、同年代の子供よりも頭ひとつふたつ抜けていた。


 さらには大人の考えてることや、求めてることさえわかった。そんな経験を得て『自分は特別の存在ではないか?』と考えるようになった。


 やがて同年代どころか、大人さえ自分よりも程度の低い生き物見えていた……。


(本当に世間を知らない……可愛くない子供だったな……)


 だが、そんな実花でも家族は大好きだった。

 ちょっと考えてることが独特でおかしな発言が目立つが不思議なカリスマ性のある母親に、冷静沈着で大人びた考えをする妹、昔は怖かったらしいが孫にはとことん甘い祖父。そして――母に昔から話を聞かされていた憧れの父親。


 周りを見下していた実花が尊敬していた母親が、本当に嬉しそうに楽しそうに何度も語る人物。実花は母親が話す父親の話を聞くのが何よりも楽しかった。


 そして、興味は憧れに変わり、やがて恋心になる……そんな時だった母親が病気で倒れたのは……。


 母親は病気のせいでやせ細り、顔色は青白く、やがて2年前に……立つことすらできなくなった。妹の未来はそんな母親の世話を甲斐甲斐しくしたが……実花は逃げ出した。


 自分が憧れる母親が弱っていく姿を見ていたくなかった。それだけで、心に悲しみが渦巻いてるようだった……。


 そして実花は母親と言葉を交わすことがなくなっていった。家にも寄り付かず、柄の悪い人間とつるむようになった。


「小さい人間だよね……現実を見ないで逃げ回って……馬鹿にしてきた人間よりも誰よりも私がくだらない人間だった……」


 そして――ついに人生で一番悲しい日がやって来た……。

 その日、互いに関わらないことが暗黙の了解になっていた母親に珍しく呼び出された。


 正直言えば……実花は期待していた。また昔の様に楽しく話せるのではないか? 大好きな父親の話を聞けるのではないか? そんな期待は……叶わなかった。


 母親から出た言葉は「ひとりにしてごめんなさい」という謝罪と……遺言だった。


『あの人は必ずあなたたちを受け入れてくれる』


 それが母親から聞いた最期の言葉だった。

 腹が立った……母親が死ぬなんて信じたくないし、見たくもない。だが、本人が死を受け入れていた……それが許せなかった。

 だから――心にもないことを言ってしまった。


『あんたなんて大っ嫌い!! 私はパパと暮らすの!!! それでセックスもいっぱいして楽しく暮らすの!!』


 それから……すぐに母親は亡くなった。

 後悔の日々が始まった……。

 妹の未来が隣でわんわんと泣く……だが、実花は泣かなかった……泣く資格がないと思った。自分に母親のことを想う資格はない。そう――考えた……。


「でも違ったんだよ……悪いことをしたら謝る。子供でもわかることだったのに……そんなことに気が付くのに2年もかかっちゃった……自分が嫌になる……どんなに頭がよくても意味がないね……」


 ゆっくりと語りかけるように言葉を漏らす。

 後悔ばかりが頭に浮かぶ……謝罪をしに来たのに……その言葉すらうまく出てこなかった。


「はぁ、私は……本当にダメだな……パパたちにもいっぱい迷惑をかけてここに来たのに……ん?」


 その時、墓石の横に一輪ひまわりがおかれていた。瓶に刺された花は大雨に負けないで……その綺麗な姿を保っていた。


「ひまわり……ママの好きな花……誰が……」


 美奈がひまわりが好きなのを知っているのは実花と未来しかいない。「好きな物を秘密にするのってかっこよくない?」それが美奈の言葉だった……。

 未来は昨日までずっと一緒に居たので可能性はない……ならば……。


『実花!!!』


 その時背後から実花が一番大好きだが……今は聞きたくない声が聞こえた――。

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