第52話 家族(1)

 実花が台風の中家出をして20分。


「あの馬鹿娘は何考えてやがるんだ」


 俺は自分の部屋のリビングで座りながら悪態をつく。隣には未来、正面には音無さんと絆ちゃんがいる。


 夢野さんは馬鹿娘を追いかけた際にびしょ濡れになって、自分の家で着替えている。

 夢野さん……実花を見失ったことをすごい悔やんでいたから、逆にとても申し訳ない……。


「店長……どうしましょうか。やっぱり警察に連絡した方が……」


「まんま……」


 音無さんが心配そうにおずおずと聞いてくる。その顔は真剣で、今の状況の危機感を物語っていた。絆ちゃんもそのことを理解しているのか、ぎゅっと音無さんに抱きついて、今にも泣き出しそうだ。


 そして未来は何か考え込むようにしてうつむいている。ずっと一緒にいた姉の行動に戸惑いや悲しみなどいろいろな感情が渦巻いているように見えた。


 そして俺はというと……。


「あんの非常娘!!!」


 もう怒り狂っていた。ここまで怒ったのは風俗でアイドルの写真を見せられて、太ったバービィが出てきた時以来だ。

 ちなみに4万払った。


「今度会ったら泣くまで乳首をこねくり回してやる!!!」


「それ喜ぶだけですよ。お父さん」


 まったくどうしようもねえな。


「はぁ……さてそろそろ本当にどうするか考えねぇとな」


 俺は無理やり思考を切り替えて、今後のことを考える。

 警察に連絡するか、あまり現実的ではないが自力で探すか……。

 どちらにしろ早く行動した方がいい。


 台風はこれからまだまだ強くなるらしいからな……ここ数年で最大の規模だとさっきニュースでやっていた。


 くそっこんな時に限って……はぁ、面倒だがあいつの身に何かあるといけないから早く探すか……。


「とりあえず警察に連絡しよう。この雨だから、期待はできないだろうけどな……」


 俺がそう切り出すと、音無さんが息を飲み、強く頷く。音無さんもそれが最善の策だと理解したいるようだ。


 しかしその中で未来だけが小さく横に首を振った。


「お父さん、さっき夢野さんから聞いたんですが……お姉ちゃんは「ママに謝らなくちゃ」と、言っていたそうです。なら、向かった場所はわかります」


 未来はまっすぐ俺を見据える。まるで実花の想いを伝えるように真剣にーー。


 だが、俺にはその真意『実花の想い』が掴めなかった……俺は実花に対して無知過ぎる……言い訳すると、この数ヶ月努力をしなかったわけではない。


 俺なりに娘たちとの距離を縮めようと努力してきたつもりだ。

 だが、たかが数ヶ月という期間では娘たちが生きた15年を知ることなどできない。いや、知ろうとするなどおこがましい。


 でもだからこそ、俺はあいつらの父親として時間をかけて一歩づつ努力をしたい。


「……俺は俺にできることをしたい。お前らの父親として恥ずかしくないぐらいに……だから、教えてくれ。あいつのことを……」


「お父さん……カッコいいです。ちょっと濡れました」


 頬を染めて熱い視線を送ってくる未来。


「おい黙れいろいろ台無しじゃねぇか」


 いや、マジで本当に……ここで下ネタって逆にセンスあるわ。


「ねえまあま、みきちゃんぬれてるの? 早くふきふきしないとかぜひいちゃうよ?」


「いいのよ絆。あれはもう治らない病気だから……未来、絆に変なことを覚えさせないでくれる?」


 音無さんは絆ちゃんに笑顔を向けて、一息置いて未来を睨みつける。


「それはすみません。でも由衣のように堅物にならないようにいろんなことを教えた方がいいと思います」


 そんな音無さんの視線を無表情でそよ風のように無視する未来。だが、さっきまでギスギスした雰囲気はない。なんか親友同士の言い合いを見てるみたいだ……。


 お前ら本当は友達なの? さっきまで空気はなんなの? ……いきなり名前呼びになってるし……。

 いいや……今は実花のことが先決だな……。

 

「俺は実花を探しに行く。馬鹿娘をひとりにはできない」


「そうですか……多分お姉ちゃんは私たちの故郷に行ったんだと思います」


「待て……お前らの故郷って北の方の国じゃなかったか?」


「はい……『矢来市』。私たちの育った町です」


 そうか……あいつの行き場所が俺にもわかった……。

 だから『母親に謝りたい』か……。


「…………えっ? 矢来市って東北だよな……」


 まてまてまてまて。今台風が向かってるのはそっちの方面だぞ……マジか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る