第36話 とある優雅な休日(2)

「優雅な朝だ……」


 それは先ほどまでとは世界が変わったようなおしゃれな朝だ。

 若い女性に人気がある喫茶店のテラス席でコーヒーを飲む。喫茶店のコーヒーならではの苦みの先に奥深さがあるような味……ようわからんけど。


 さらには目の前にはこの店自慢の特製サンドウィッチ。ローストビーフが挟んであり、口に入れるとジュシ―な肉汁が口の中に広がる……でもサンドウィッチふたつで1500円は高くないか? コンビニなら5個は買えるぞ。


 そして優雅な朝にふさわしい大きな要因がある。それは――。


「その無駄な作り笑いは何ですか……実に不愉快です」


 目の前に絶世の美女こと音無さんが優雅にコーヒーカップに口をつけていた。

 音無さんと会うのは面接の日以来だから、全然仲良くないんだけどな……。


「…………」


 まあ、話をまとめてぶっちゃけると……只今音無さんとデート中だ。

 音無さんは俺の頭が狂ったような誘いに了承してくれたわりには、なんか終始不機嫌だ。

 もう何が何だか……はぁ、お手上げだ。音無さんの真意がまったくわからん。


 ああ……、本当だったら隣のビルで今週の疲れを癒してもらうはずだったのに……。


 ん? 待てよ? 考えようによっては今は最高の状況なんじゃないのか?

 だって、今俺は風俗ではめったに会えないレベルの美女とデートをしてるんだぞ……? それなら例えそういう情事がなかったとしても、ソープに行くよりも数倍幸せなんじゃないか?


 性格のきつさに目をつむれば……目をつむれば!


「その悟りをしきった顔もむかつきます。整形してもらってもいいですか?」


「……」


 俺優雅な休日に何をしてるんでしょうか……。


「それで……どこに連れて行ってくれるんですか?」


 音無さんはティースプーンでカチャカチャとコーヒーをかき混ぜながらそんなことを聞いてくる。

 ん? なんか頬が赤いような……なんだ期待されてるのか?


「それならそこの隣のビルの――」


「私は下品な冗談には死をもって償わせます」


 普通に怖えよ。


「まあ、それはおいおい考えるとして……」


 まずいな……何も思いつかん。俺デートの経験なんてほとんどないもん。これから遊園地に連れて行くわけにもいかんし……はぁ、俺はいつ高難易度ミッションを始めたんだ?

 音無さんの思惑も全くわからんし……というか、こいつはひとりで何をしてんだ? こんな早朝に……まあ、とりあえず探りでも入れるか。


「そういえば絆ちゃんはどうしたんだ?」


「ああ、友人に取られました」


「はっ?」


 なんでそんなに忌々しそうなの? ていうかもしかして聞いちゃいけない系の話か?

 

「勘違いしないでください。友人は私がいつも絆の面倒を見ているから気を使ったんだと思います……それで外で遊んで来いと、家を追い出されました……」


「ん? なにお前遊んで来いと言われたけど急に誘える友達もおらず、街をさ迷っていたのか?」


「……その通りですが……言い方が気に入りませんね。ふんっ……どうせ私には友達がいませんよ。寂しいボッチですよ」


 いじけんな。ちょっと可愛いじゃねぇか。

 まあ、そういうことならボッチの先輩として、一緒に遊んでやることもやぶさかではない……けどなぁ。俺こいつと仲良くねぇんだけど……。


「えっと……相手が俺でもいいのか? お前だったらその辺でイケメンを連れてこれるだろ」


「それ……非常に不快なので、二度と口にしないでください」


「お前駅前で立ってろよ。男なんか爆釣だぞ」


「私の話を聞いてました……?」


 聞いてました。なんか地雷を踏んでみたくなることってあるよなぁー。

 おー怖い怖い。そんなにらむなって……。


「一応言っておくけど、今の褒めたんだからな……」


「店長がモテない理由がわかった気がします。可哀想です」


 うっせえよ。


「私は店長となら遊んでもいいです」


「おっ、意外に高評価か……?」


「いえ、そんなことありません。ただ遊ぶだけならいいと思っただけです。私に指一本でも触れたら、自害します。店長が」


「どういうことだよ……はぁ、まあそっちがいいならいいけど……お前こういう風に男とふたりで遊ぶこと馴れてんの?」


「えっ……? ま、まあそうですね……」


 そっぽを向いていきなりスマホをいじり始めた。

 明らかに動揺してる……目の瞬きが一気におおくなったし……。


 こいつ下手したら人生で初めての男と遊びに行くんじゃないのか……?

 はぁ、若い男にはこいつはハードルが高いよな……プライドや容姿のレベルが異常に高いから釣り合う男なんてそうはいないだろう……。

 俺も10年若かったら確実に泣かされてる自信があるし。


「よし、それなら適当に駅の方に行ってみるか……」


「はい。お任せします。少しだけ期待します……」


 はいはい……さて、これからどうするかな……。

 こいつ18だろ? カラオケでも連れて行けばいいのか……? おっさんにはわかんねぇよ。


   ◇◇◇


「うーむ。これは超展開になったねぇ~。さすがはパパ。女難の相が半端ない……」


「お父さん、不潔です。娘がいるのに女の人とデートなんて……」


「か、川島さんが……じょ、女性とで、デート……し、しかもとってもきれいな人……」


   ◇◇◇


(ん? 今店内の方から聞き覚えのある声が聞こえたような……)


 しかし、店内をのぞき込んでも知っている人は見当たらない……。

 気のせいだったか……? 

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