第37話 とある優雅な休日(3)

 俺と音無さんは喫茶店で朝食をとった後、俺たちは特にやることもないので駅前にやって来た。

 しかし、喫茶店で少し時間は潰れたとはいえ、まだ時間は朝の7時、デパートなどの商業施設は勿論ことカラオケやゲームセンター等の遊戯施設も営業していなかった。


 なのでシャッターの閉じているデパートの前で立ち尽くしている状況だ。


「どれもこれも10時開店か……仕事しろや。社畜精神が足らん」


「この時間に遊びに来ている私たちの方が異常ですよ」


 まあ、実際その通りなのだが……うむ。どうしよう。やることがない。

 こうなるときついな……俺こいつ仲がいいわけじゃないし、会話が持たない……。


「なあ、どこか行きたい所あるか?」


「店長と触れなくて済むとこであればどこでもいいです」


(あっそ。どんだけ警戒されてるんだよ俺……)


 音無さんは素っ気なくそう答える。その言葉に興味という感情が欠落しているようだ。こいつ本当になんで俺に着いて来たんだよ……。


 でも丸投げされたからには何するか決めないとな……大丈夫だ。社畜は無茶ぶりには馴れている。このぐらい、何でもないさ。


「よし、それなら現代の利器に頼ろう」


 俺はスマホを立ち上げて『デート先、早朝、助けて』と、入力する。

 俺以外にも集合時間を早く設定し過ぎて路頭に迷っている子羊が居る筈だ。それならば、皆の総意があるネットの海には答えがある筈だ。


 すると、1件のサイトが目についた。

 それは――。


「『ハニーハニー』? なるほど若者向けの衣類品か……」


「あっ、それっ有名なお店ですよ。こんな早朝からやってるんですね。私夏物の服を見たかったので丁度いいです」


 音無さんの目を輝かせながら俺のスマホを覗き込んで来る。その時、甘い香水の匂いをふわっと感じた。

 ……なんか、見た目も美人だし、香水の香りが妙に生々しく感じるな……。


 ……今は気にしない方がよさそうだな。


「うむ。それなら行ってみるか。でも……」


「わかってます。店長に服のセンスを求めてませんから」


「おわかり頂けて何よりだ」


 そりゃな。ちょっと前までは年中着ていたのスーツなんだ。ワイシャツなら結構な数持っているが、私服なんて数えるほどしかない。

「あっ、それなら後で店長の服を選んであげましょうか?」


 そんなことを考えてると、音無さんが笑顔でそう言ってきた。

 その表情には先ほどまでの不機嫌さはなく、わくわくしているように見える。


「そうだな……そろそろ私服を買い足さないと、と思ってたからな。今回の会社は私服通勤がOKらしいしな」


「やった。決まりですね。私に任せて下さい。とびっきりカッコよくしてあげますか」


「……楽しそうだな」


「ふふっ、私、人の服を選ぶの好きなんです。最近は絆の服ばかりだったので。それに男の人に服を選ぶのはとても楽しみです♪」


 音無さんがここまで喜ぶ姿は初めて見た……。

 今にも飛び跳ねそうなぐらい機嫌がいい。こういう笑顔を見ると、やっぱ可愛いよな……普段がツンケンしてるから余計に。

 なるほどこれがツンデレと言うものか……。


   ◇◇◇


「うぅ、なんか川島さんとあの女性仲良さそうですね……」


「……まったく嘆かわしいです。お父さんには娘というものがあるのに、あんなに楽しそうにおしゃべりして……あの女を再起不能にして私が入れ替わってもいいですかね」


「まあまあ、ふたりとも落ち着きたまえよ。そんなに覗き込んだらパパにバレちゃぅって。あっ……こっち、見た!」


   ◇◇◇


「ん……?」


「どうかしたんですか?」


「いや、今なんか聞き覚えのある声が聞こえた様ような……」


「気の所為じゃないですか? 周りにはあんまり人居ませんし」


 そうだよな……早朝で人が少ないから近くに知り合いがいれば一発で分かる筈だし……。だけど……なんだろう。頭にバカ娘たちの姿がチラつく……まさかな……。


   ◇◇◇


「こ、これどうですか……」


 店に入って数分、俺はこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。

 それは――目の前で恥ずかしそうに『水着姿』になっている音無さんが原因だ。


 青色のビキニタイプの水着で、胸元のリボンがいいアクセントなっている可愛い物だ。

 それが清楚な雰囲気の音無さんとあっている。それにしても……ウエストが細い……本当にモデルみたいだ……。


「どうって……とても可愛いとしか……」


「そ、そうじゃなくて、もっと具体的な言葉で言って下さい」


「……」


 何故こんなことになっているかと言うと、それはこの店、ハニーハニーで水着のセールイベントをしていたからだ。

 興味深々な音無さんは水着売り場に直行。そして自然と今の流れになった。


 そう俺、30を超えたおっさんが18歳の子の水着を批評しなくてはならなくなったのだ……なにそれ? どんな罰ゲームだよ……。

 しかし、求められれば断れないこともある。俺は会社にそう教わった。ならば俺は心を殺し、素直な感想言うだけだ。

 

 そう決意して俺は口を開いた――。

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