第35話 とある優雅な休日(1)
休日。
新しい職場になって1週間が過ぎた。
働き始めてまたバタバタした社畜生活が戻ってきた。まあ、今はまだオープン前なのでそこまで仕事量が多くないので、余裕があるっちゃあるんだけど。
まあ、でも人間は休みのために生きている生き物だ。今日はそれを実演するために、都心までやって来た。
時刻は早朝朝6時。休みの日の都心とはいえ、まだこんな時間では人は少ない。あと数時間もすれば人でごった返す駅前も今なら、手を広げて歩ける。
ふっ、とてもいい気分だ。まさに休日にふさわしい。ここでは裸踊りしてもそんなに問題にはならない……いや、裸踊りはさすがにダメか。
「とにかく、今日は俺は日ごろの疲れを癒すんだ!」
俺はとある『ポイントカード』を握りしめる。
それは――ソープランド『月下』のゴールドカードだ。
年に10回行かなければもらえないプレミアムカードで、なんと入浴料が30パーセントオフになる。
ソープなんて久しぶりだ。実花たちが来てから風俗とは無縁だったからな……。
……言い訳だが、俺は何も悪いことはしていない。まあ、娘がいるのにソープに行くなんて一般的に考えて常識がないのかもしれない。
しかし考えてほしい。人間ばれなければ許されることもある。
娘たちは今安らかに寝ている……そんな中こっそり朝早く抜け出してきたんだ。そこを評価してほしい。
そもそも俺が行くのはちょっとサービスが過激な風呂屋だ。何も問題がない。
◇◇◇
義孝が意気揚々とソープに向かっているとその後をコソコソとつけている3つの影があった……。
大人げなく浮かれている義孝はもちろん気が付いてない……。
「お姉ちゃん。お父さんあっち行ったよ」
「大丈夫~大丈夫~。パパが行く場所は把握してるから」
「さすが実花ちゃん。川島さんのことなら何でも知ってるね」
実花、未来、明菜の3人はマンションをこっそり抜けてここまで来た義孝の後をつけてここまでやって来た。
詳しく言えば、義孝の後ろをつける双子とゴミ捨てに出た明菜がたまたま会って、明菜が事情を聞いて好奇心に負けた感じだ……。
(だ、だって……川島さんがどんなお店に通ってるか興味あるし……うぅ、川島さん怒るかな……)
「ふふっ、褒めて褒めて。パパのことなら週のオナニーの回数まで知ってるからっ! 夢ちゃん教えてあげようか!?」
「お、おな、に、って。ううん……わ、遠慮しお、おくね」
明菜は言葉にならないほど動揺してしまう。
そういう下ネタに耐性がまったくないので、もう顔は赤く、むしろ耳まで瞬時に真っ赤だ。
「うむ。清々しいほどに動揺してますな。夢ちゃんえっち~」
「うぅ、実花ちゃんの意地悪……」
「お姉ちゃん。私はその件とても興味があるので、詳しく教えてください。レポートにしてくれるととても嬉しいです」
無表情で一切の迷いなくそう切り出す未来に明菜が言葉を失う。
そのあまりにも堂々とした態度を見ていると「自分の方がおかしいのか?」と、思えてくる。
(でも……ふたりともいいのかな? 川島さんがそういうお店に行っても……いいのかな……? わたしは……)
明菜は義孝がそういうお店に行くことは正直に言えば嫌だ……自分にはとやかく権利は一切ないということはわかっている。
だけど、無性に悲しくて寂しくて……怒りが込み上げてきた……。
(はぁ、わたしって勝手だなぁ……彼女でも何でもないのに……)
しかし、ふたりからはそんな感情は読み取れない。
むしろ遠足にでも行くような、楽しそうな感じがしていた。
明菜は思い切ってそのことを聞いてみた。
「ふたりはいいの? 川島さんがそういうお店に行って……」
その言葉は暗く重かった。言葉にするだけで罪悪感が込み上げてくる……しかし、ふたりはそんなことを気にする素振りもない。
「ううん、ぜんぜん~なんなら、お店に乗り込んで混ざりたいぐらいだよ!」
「お姉ちゃん……迷惑だからやめてね」
「わかってるって、今日はパパがどんな人を指名したか調べるだけで満足するから〜」
「はぁ、夢野さん。あなたの言いたいことは私にはわかります。お姉ちゃんと違って」
未来は最後の部分を強調して言う。明菜は自分の仲間がいたことに密かに安堵する。
「やっぱり自分の感情は間違っていない」そう考えた……しかし。
「でも、今の状況は問題ありません。もしもお父さんに彼女が居てエッチをしていたら大問題です。ですが、今は状況が違います」
「……えっ、わたしには殆ど同じに思えるんだけど……」
「所詮はお金を払ってエッチをするだけです。私はお父さん以外となんて死んでも嫌ですが、男の人はそういう関係を好むといいます。お父さんが自分のお金で行っている以上、私から言うことはありません」
キリッと言い切る未来……どことなく自慢げな感じが出ている。
もう明菜には訳の分からない感性がそこにはあった……。
(うぅ、やっぱりわたしの感覚が子供なのかな……うぅ、男の人と付き合ったことないし……あ)
明菜は自分が落ち込んでいることに気が付く。
強い自分になる……そう考えていたのにもう弱気になってしまっていた。
(ううん……弱気になっちゃダメ。よし……今日は川島さんのことを観察しよう。そうすればこのもやもやした感情が変わるかもしれないから……)
気合を入れて拳を握る明菜。
そんな気合が入っている明菜を見て双子は……。
「お姉ちゃん、夢野さんって……とっても可愛いね。考えてることが手に取るようにわかる……」
「そうだね~……めっちゃ可愛い……」
そんなことを明菜に聞こえないように小さい声で喋っていた。
◇◇◇
「よし着いた……」
駅から徒歩15分。人気のない裏路地を歩いてようやくついた『ソープランド月下』の看板を掲げるビル。
都心からはそこまで離れていないその場所は、雑居ビルが立ち並んでおり、都会独特のゴミゴミした雰囲気があった。
そばに立ち並んでいる店も様々で、居酒屋やスーパー、薬局など一貫性はない。
……隣はおしゃれなオープン席のある喫茶店だしな……。
前来た時も思ったけど……この立地は勘弁してほしいよな。
(マダムたちの視線が痛い……だが、そんな視線ごときでは俺の歩みを止めることはできない……!)
俺はそんな考えと、ゴールドポイントカードを手にビルに入ろうとする――。
しかしその時、見知った顔が隣の喫茶店から出てきた……。
「…………えっ」
「…………えっ」
俺とその人物――音無さんは視線を合わせて互いに固まる。
音無さんはスーツ姿ではなく青を基調としたワイシャツとロングスカートという姿で、その細いスタイルの良さもあり、どこかのモデルみたいだったが……。
「……」
俺は突然のことで思考さえも真っ白になっていた……。
なんでここに顔見知りがいるのか? なんか言い訳をしないと。などの考えが脳内を駆け巡る。
(こ、ここで風俗に行こうとしたことがばれると……社内に悪いうわさが流れる→本社にばれる→左遷)
そう考えると今の状況は非常にまずい。
いくら俺がソープに行くことが正義だと主張としても社会はそう思ってくれない。いつもみたいに口だけならともかく、実際入るところを見られるなんて……。
俺が入ろうとしているビルはソープランド看板が掛けられてるし、そもそも俺の手にはポントカード! 絶望的な状況だ……。
(ならば……!)
ここでようやく思考が追い付いてきた。ここは華麗な言い訳で切り抜けるしかねぇ。
それはもうインパクトがある一撃必殺の言葉を投げかけるしかねぇ!! ソープに入っていく事実を忘れるぐらい!
「……えっ、店長、ここで何を……」
「音無さん! デートしようぜ!!!!!!」
「………………は?」
すごく顔をしかめる音無さん……そりゃそうだ。偶然会ったおっさんにデートに誘われたんだ。冷静に考えればもう援助交際と変わらない……。
そして俺は自分の犯した罪に絶望する……これはまずい。どうしよう! マジでどうしよう!!!
「……いいですよ?」
しかし、音無さんは不機嫌にそっぽを向きながらそう答えた……。
今こいつなんて言った……?
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