第34話 新たな職場(8)
夜の9時。
工事のおっちゃんや食堂でカレーパーティをしていた三沢たちも帰り、部活動に励んでいた生徒たちをも下校し、校内は静寂に包まれていた。
そんな中俺はノルマである面接を片付け、食堂事務所でパソコンとにらめっこをしていた。
今見ているのはこの学校の年間スケジュール表だ。ここはイベントごとを重んじる学校らしく、9月に文化祭、10月に体育祭、ハロウィンパーティなどイベントが盛りだくさんだ。
そして普通の食堂ならお休みで俺はぷーたろうを満喫できるのだが、ここはなんとイベントの日にも営業許可が下りている。
これは売り上げを向上させるチャンスだ。
……業務成績を上げないと店長から降ろされそうだしな……できれば娘たちがいる間はここの店長で居たいし、できる限りのことはしよう。
(はぁ、初日からあんま根を詰めても仕方ないけど、娘たちがいる学校で働くんだ。みっともない真似はできないしな……)
はぁ、でも……なんだか眠くなってきた……。
生名さんには面接が終わったら帰っていいと言われてたのに、結局自主的に残ってサービス残業してるんだもんな……社畜は死ぬまでなおらない。
「少しは息抜きも必要だよな……」
俺は自分に言い訳をしながらパソコンの横に置いていた自分のスマホを手に取る。
そして、実花たちが来てからは長らく立ち上げていなかった風俗サイトを見る。
うむ。別に娘がいるからって行っちゃいけないという法律はないわけだし? 娘に手を出すよりは数千倍ましだろう。
「お疲れ様です。コーヒーです」
その時、後ろから女性の声と共にディスクにコーヒーカップが置かれる。
ありがてぇ、今眠くてな。久しぶりの風俗だ。ちょっと集中して慎重に吟味したい――待て誰だ?
俺はおそるおそる後ろを振り向く。
「お疲れ様です。いい女の子は見つかりましたか? 変態店長……」
バッと振り返るとそこには数時間前に見たゴミを見る目で音無さんが立っていた。
「こいつこんな時間まで残って何してんの? うわぁー」みたいな感じだ。
まあ、仕事してると見せかけて風俗サイトを見てたわけだから、その反応もわかるんだけど……こいつこんな時間まで何してんの?
あれから未来を交えて説明したから俺に娘がいることは理解してくれたっぽいが……俺への扱いは軟化しない……むしろ最初よりも厳しくなってる気がする。
「お前帰ったんじゃなかったのか?」
「いえ、私が残っている理由よりも、まずは店長が今見てる風俗サイトの話をしましょう。店長の今日のお相手はその写真のりりちゃんですか? それともエミリちゃんですか? エミリちゃんはおっぱい大きそうでエッチですねー……ゴミくず」
「興味あるならもっと感情のこもった声で言えよ……」
なんだそのスーパー棒読みは……まだ幼稚園児の学芸会の方が感情があふれてる。
「興味なんてあるわけないじゃないですか……はぁ、最悪、こんな変態が店長なんて」
「うっせえ。男だったら普通だ」
「はぁ、実花さんと未来さんにばれないようにしてくださいよ? 私がもし父親がそんないかがわしい店に通ってることを知ったら、確実に包丁を持ち出します」
どんだけ潔癖症なんだよ……俺よりお前の方が頭がおかしいだろ。
というか家の娘どもをなめるなよ。未来はともかく実花は「どんなお店だったの? 気持ちよかった? おっぱい大きかった!?」とか興味津々で聞いてくるぞ。
と、今はそんな話じゃねぇよ。
「それで? お前なんでまだいるんだよ……コーヒーはありがたくいただくけど」
「というか、まだ三沢さんも厨房の方で残ってますよ?」
「えっ、あいつ帰ったんじゃなかったの?」
1時間前ぐらいに荷物取りに来てたけど……あっ、そういえばその時まだコック服だったな……。
やべぇ、早く帰らせないと……俺が店長である限りは下に社畜させたくねぇし。
「もっと言うと、実花さんと未来さんも厨房にいます」
「は? あいつら何してるの?」
てっきりもう家にいるかと思った……。
音無さんとか三沢に余計なこと言ってないだろうな……?
「はぁ……わからないですか? みんな店長を待っているんです」
「…………」
そう言われると強く怒れねぇじゃねぇか……。はぁ、いいや。帰りにアイスでも買ってやろう。
「それで? お前はなんで残ってんだよ? 絆ちゃんは?」
3度目の問い。だってこいつが残ってる理由が1番わけわからねぇもん。こいつ俺のこと嫌ってるだろ……もう今日会ったとは思えないほどに。
「絆は未来さんが面倒を見てくれてます……それで店長はそこの風俗にいつ行くんですか――?」
「待て。いい加減俺の質問に答えろや」
「…………」
なんか、しきりに話題をそらしてくるなこいつ。
なんか余裕無いようにも見えるし……。
俺が疑いの視線を向けていると、音無さんは観念したのか大きくため息を吐く。そして緊張してるのか視線を左右にさまよわせながら口を開いた。
「…………店長に娘がいることを疑ってごめんなさい」
声が小さい……面接の時のハキハキとした口調はそこにはない。
なんというか……悪戯して怒られた子供みたいだ。
……こいつそれを言うために残ってたのか?
「くっ、て、店長が言いたいことはわかります。だから、そのキョトンした顔を辞めてもらえますか? 不愉快です」
「す、すまん……でも俺は気にしてないぞ?」
俺からあんな美少女の娘が生まれてきたのがノストラダムスだし。
「私は気にします。だって……私がもし「絆の母親に見えない」と、言われたらショックですから……それに実花さんたちの嬉しそうに店長の話をする姿を見て思いました。3人は立派な家族なんだと……」
……なんというか。
「……言いたいことはいろいろあるけど、まずはその照れて頬を染めててる表情は可愛いな。普段がキリッとしてるから余計に」
「そういうことを風俗嬢にいつも言ってるんですね……気持ち悪いです」
「やめろ照れるじゃねぇか」
「褒めてません。むしろこの世で一番のボロ雑巾だと思っています……だいたい、店長はデリカシーが……」
「ありがとうな。なんか救われた気がした……」
「…………」
俺は自分がきちんと父親ができているか不安だった。だからこそ、他者からそう言ってもらえるだけで……嬉しさが込み上げてくる。
そんな俺を見てなにがおかしいのか音無さんがほほ笑む。
その笑みにとげとげしさはない。暖かい笑みだ。
「……くすっ、私が言いたかったのはそれだけです。店長それでは厨房に行きましょう。みんな待ってます」
はぁ、今日の仕事はここまでだな。また明日にしよう。
俺は音無さんの笑顔につられるようにパソコンの電源を落とした。
仕事を明日に残したというのに、その気持ちはとても晴れやかだった。
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