第33話 新たな職場(7)
未来を追い出して数時間後の夕方。面倒な面接も残り3件となり、ようやく終わりが見えてきた。
ちなみに音無さんと三沢と絆ちゃんは学校施設を周っている。音無さんはまだ仕事が始まって訳ではないのにもう既にやる気満々で、今から仕事を覚えようといろいろと三沢に聞いているようだ。
うん。あいつはいい社畜になれそうだ。
「あのー……おとう……川島店長はいますか?」
俺が次の面接まで事務所で暇を持て余していると……またしてもお客さんがやって来た。
……まだオープンしてねぇんだけどな……。まあそんなことはどうでもいい。
客は未来で、事務所の入り口からひょっこり顔を出している。
愛する娘の未来がわざわざ訪ねて来てくれたのだ。ここは立派な父親として暖かくむかえてやり、暖かい言葉をかけてやるべきだろう。
俺は未来の元に歩み寄り――。
「帰れ仕事中だ」
「……わざわざ会いに来た娘に対して、なかなか手厳しいですね」
無表情で考え込む未来。
社畜とは仕事のためなら、あらゆる人間関係を切るスーパーエージェントだ。娘が来たぐらいで仕事の手を止めることはない。
まあ、実花の時は登場が非常識すぎて思わず対応してしまったが、未来は正面から来てしまった自分を呪うといい。
「そうですか……そうですか。そうですか。お父さんが対応してくれないとなると、食堂の改装をしているおじさんたちにいろいろ説明するしかないですね……根ほり葉ほり」
やめろ。瞳から色彩を消すな普通に怖い。
「それで? 何の用だよ」
「ええ……。実は私、謝りに来ました」
「……お前、数秒前にナチュラルに俺のことを脅してたからな」
「それはそれです。お父さんがちゃんと話してくれないのが悪いです」
へいへい。ひねくれててすみませんね。
「それで……謝りたいことですが……ごめんなさい。私余計なことをしてしまいました」
「ああ、やっぱりお前かこの職場を俺に斡旋したのは……爺さんの力を使ったのか?」
実花が練った作戦にしては遠回りだし、今思えば遊園地に行った時に就活の話で未来の様子が変だったっからな……。
「はい……お父さんが私たちの高校での仕事を断る可能性があったので隠していました。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
先ほどの強気の態度とは裏腹にしょんぼりと顔を伏せる未来。
まあ、未来が裏で動いていたのは俺と一緒にいたかったからだろう。それなら怒る理由はない。……内緒だが未来がここまでしてくれたことはうれしいからな。
「はぁ、お前は実花と違って変に責任感強いな。子供だからわがまま言ったっていいっての」
「怒ってないんですか……?」
「ああ。お前のおかげでわりのいい仕事に就くことができたんだ。怒る理由はねぇよ。まあ事前には相談してほしかったな。別に断ることはなかったと思うし」
娘と同じ職場が嫌とか俺が言う訳ねぇし。社畜なめんな。まあ……正直面倒だとは思うけどな。
「そうですか……」
未来はほっとしたような笑みを浮かべる。
俺はそんな娘の頭をなでる。
「未来、ありがとうな」
「……お、お父さん、なで、なで、なでなでを私に……わ、わた、わた」
未来は唐突に慌て始める。
つい、流れで撫でてしまった……未来めっちゃ驚いてる。顔への感情が追い付いていないのか、また無表情に戻ったので、正直怖い……。
「落ち着け……している俺が恥ずかしくなったきた。もうやめ――」
「今やめたら舌を噛んで死にます」
愛重すぎねぇか!?
「ふふっ、今日はいい日です……お父さん、私今度から隠し事はしないです」
「そうしてくれ。今回みたいなことは心臓に悪い」
「はい。お父さんには安全日もしっかり報告します」
それは隠せや。どんな顔して聞けばいいんだよ。
と、そんなことを考えていると――事務所の外から声が聞こえてくる。
『これで案内はおしまいだ! よし、今試作品でカレーを煮込んでるから食ってけよ!』
『えっ、いいんですか?』
『えっ!? かれー! きずなだいすき!』
『いいっていいって。テンチョーも嫌とはいわな……』
ガチャ。
事務所に三沢、音無さん、絆ちゃんが入ってきた。
今の状況を冷静になって整理しよう……。
俺はこの学校の生徒であるJKを事務所に連れ込んで、頭をなでている。と、この愚民共には見えるだろう。
「て、テンチョーーー!!! めっちゃ手がはえええええ!!!」
「待て史上最大の誤解だ!」
「わあああ、おねえちゃんいいなぁ~、きずなもなでなでしてほしい!」
「だめよ。絆。あれは変態と言う人種で近づいてはだめなの。あなたに触れた手で何をするか分かったものではないわ」
「……」
うん。くそめんどくせえ状況だということはわかる。というかこのパターンさっきもやっただろ……。
「ふふっ、お父さんが撫でてくれてる……えへへ」
こいつだけはとても幸せそうだなぁ……。
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