第32話 新たな職場(6)
ただのアルバイト面接は、何故か娘である実花を加えて3人で続行した。
4人掛けのテーブルに座り、席順は俺の正面に音無さん、隣には実花だ。
俺は頭が痛く、もう胃潰瘍になりそうな心境だったりする。実花は何がうれしいのかにこにこしながら俺の腕に抱きついている。
そしてそんな俺たちをゴミを見る目でにらみつけている音無さん。
「こいついい歳して学生にパパとか呼ばせてるんだ~。このあと警察に行こう」という感情が読み取れる。
おかしいな俺はいつから人の心が読めるようになったんだろうか……。
「えっと……まずは自己紹介からするぞ。こちらアルバイトの面接に来た音無さん」
「ふんっ、気やすく名前を呼ばないでください。変態……」
うむ。最初のはきはきして落ち着いた雰囲気はもう微塵もない。今は足を組み、テーブルに肘をつき頬杖しながら、冷めた目で俺たちを見ている。
もうかろうじて最低限の常識で敬語を使っているという感じだ。
(……人って変わるもんだな……数分前とは別人じゃねぇか……これだから女っていうのは怖い)
「それで変態店長は私をどんな言い訳で楽しませて頂けるんですか?」
「はいはい。言い訳なんてねぇよ。こいつは俺の娘――」
「そうそう。なんなら恋人なんだよっ――」
スパコーン!
俺は隣で妄言を吐いたバカ娘の頭をテーブルに置いていた書類を丸めた物ではたいた。
こいつ何を口走ろうとしてるんだ! 店長になって初日でクビになるところだったぞ!
「わあああ! DVだあああああああああああ! っと、ふざけてると本気でパパに嫌われそうなのでだまろーっと」
……こいつ自由すぎるだろ。
まあ、いい。それよりも今は目の前で、やる気のなさそうに俺たちのやり取りを見ている音無さんに説明するのが先だ。
「それでこいつは俺の娘の実花だ」
「店長……歳っていくつですか?」
「えっ? 34だけど……」
「彼女、ここの学生ですよね? それだと18か、それ以前の子供と言うことですよね……」
「まあそうだな……」
「私には店長がそこまでモテるようには見えないんですけど。それどころか年齢=彼女いない歴、と言われても納得します」
「失礼な奴だな! そういうお前も顔はいいけどモテるようには見えないぞ!」
「ふんっ、何を言うかと思えば……私は男子に好意を持たれることが多いです」
まあ、言いたいことはわかる。クラスにここまでの美少女が居れば告白はされまくりだろう。
しかし、裏にはこんなきつい性格だ。付き合うとなれば同年代の男子ではトラウマを作るだけだ。
俺も歳を重ねていなければ泣いて逃げ出してる。
「でもお前も男と付き合った経験なんてないだろ……」
「なっ、そ、そんなことは……」
「当たりか……お前が簡単にそこいらの男とホイホイ付き合うとも思えん。プライドだけは無駄にたかそうだしな。お前は将来デパートで自分用のお歳暮を買うタイプだ」
「それ褒められてるんですか……?」
はぁ、この数分の付き合いではまだ何とも言えない部分はあるけど、こいつは妙にプライドが肥大化した人間だ。
それが原因で俺にかみついたんだろう。「この歳で娘がいることを哀れに思われている」と、いう感じて……。
はぁ、若いな……社畜にとってプライドなんて一番いらんものなのにな。
「パワハラ……セクハラ……恐喝、どれで訴えられたいですか?」
話を進めるか……このままだと犯罪者になりそうだし。
こいつを雇うかどうかも決めなくちゃいけないしな……。
「それで志望理由は何なんだ?」
「えっ? だから志望理由だろ? アルバイトの面接」
「……それは言いたくありません……」
なんだそれは。
普通なら一発で「帰れ」だぞ……。
しかし、音無さんにも引けない理由があるらしい。俺をキッと見てわなわなと肩を震わせる。
「……ですが、雇われたならば、全力で働きます。店長の失礼な態度も目をつむります。私はあの子を育てなければいけないので……それに……ここで働きたいです」
「わかった……」
学食で働きたいか……こいつは高校中退してるんだよな……それが原因か?
それにプライドの高そうなこいつが、いい感情を持っていない俺に頭を下げるなんて、相当強い感情だろう……。
まあ、言動には多少問題がありそうだけど、表面は丁寧ではきはきしてるから、業務には問題ないだろう。
「採用で話を通す」
「本当ですか……? 落ちることは覚悟していたんですが……」
「嘘言ってどうする。今から業務内容や給料について軽く説明する。おい、実花お前は教室に戻れ」
「ええええええ~。パパと一緒にいたい~」
というか……お前今授業中なんじゃないのか?
後で説教だな……懸垂幕の件も許してねえし。
◇◇◇
「パパは仕事と私どっちが大切なの!?」
「いや普通に仕事だ。お前は相変わらず頭がおかしい」
「ひどい!?」
「…………」
音無由衣はふたりのやり取りを黙ってみていた。
最初は疑っていたがこう仲のいい様子を見ると、ふたりが親子ということを信じてもいい気分になっていた。
(……私はなんであそこまで感情を出したのだろうか)
普段は自分のプライドを抑えつつ、やり過ごすことができていた。周りに好き勝手に言われることには慣れている。
だけど、義孝の前ではそれができなかった。
その理由は――自分でもわからないが……。
目の前で行われている『親子の会話』が関係しているような気がした。
(ああ、私はこの人が嫌いだ……)
ふと、そう思う……だが、それはどす黒く暗い感情ではない。
由衣は嫌いな人間はたくさんいる。だが――ここまで清々しく人を嫌いになるのは初めての経験だった。
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