第31話 新たな職場(5)

「えっと、あんたのガキって……えっと」


 三沢が困惑した声をあげる。驚いているのは俺も同じだ。見た目や年齢から考えてもこの少女の子供とは考えづらい。

 

 しかし、少女は一切迷いのない瞳ではっきりと口にする。


「はい。私の子供です」


「またずいぶんと若いお母さんだな……」


「ええ。それには少々事情があります。ですので、面接を受けるにあたって事情は説明した方がよろしいですね」


 音無さんは落ち着いて様子で優しくほほ笑む。

 俺と三沢が突然の状況に困惑しているのに、当の本人は全く動じていない。

 それどころか、この場の雰囲気を支配するように自分主導で話を進め始めた。


 これは相当きもがすわってるな……俺も娘を持つ身だからわかるが、こんなに落ち着いて説明できるのは異常だろ……。


 俺が同じ立場ったら余裕なんてみじんもない。


「ただ……」


 そこで音無さんの顔に陰りが見えた。

 罪悪感や悲しみが混じったような顔。それを……娘である絆に向ける。


「ん~? まあま、なぁに?」


 ああ、そういうことか……。

 俺は音無さんが言いたいことを察して、三沢に視線を向ける。


「おい、三沢。悪いんだけど、絆ちゃんの面倒を見てらえるか?」


「たくっ、しゃあねーな」


 たぶん、三沢も『絆ちゃんに聞かせたくない話』ということを察したんだろう。

 まあ、三沢の見た目は子守には向いてないのかもしれないが……俺だったらとりあえず拒否る。

 だが、音無さんは不快感を一切表すことなくほほ笑む。


「すみませんがよろしくお願いします」


「ああ、よし行くぞ、ちびっ子」


「えっ!? おねえちゃんあそんでくれるのぉ! わああああああい」


「ああ、お前には無限瞬殺キャベツ千切りを見せてやる!」


 ……ふたりは騒がしく事務所を出て行った。

 問題起こさなければいいんだけどな……。


「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」


「いや、気にしなくていい」


「それで……あの子なのですが……兄の子なんです。ただ様々な事情があって今の親権は私にあります」


「なるほど……」


 その顔はやはり決意や強い意志のようなものを感じた。

 なんかいろいろと訳ありなのだろう……。

 その意志には素直に共感できる。むしろいきなり娘が現れた身としては、こんな若い身で娘を育てようとする音無さんに素直に好感が持てた。


「事情はわかった。それで次に業務内容の確認なんだけど」


「……えっ?」


 俺が面接の話を進めようとすると、音無さん驚いた表情で俺のことを見つめた。

 その顔は先ほどまで見せていた落ち着きあるのものではなく、年相応の物に見えた。

 そしてやがて――明らかな敵意を持って俺のことを見つめるのではなく――にらみつけてきた。


 明らかに空気が重くなった。さっきまでの和やかな雰囲気が一気に消えうせた。


「……なぜ、事情を詳しく聞こうとしないんですか? 普通私みたいな年齢の女に子供がいれば気になりますよね?」


「えっ? まあ、でもこれ面接だしな」


「同情ですか……?」


 その感情がないと言えば嘘になる。しかし、それより大きい感情は「同族感」だろう。

 18歳という若さで母親になった音無さん、そしてつい最近ふたりの娘になった俺。直感的に仲間意識をもってしまったのかもしれない。


 だが、音無さんはそんな俺の様子が大変お気に召さなかったらしい……。


「見ず知らずの私に同情ですか? へぇ、いい御身分ですね」


 嫌味っぽく薄ら笑いを受かべながら言い切る音無さん。

 口調自体は落ち着いている。いや、「自身で無理やり落ち着かせている」と言う方が表現としてはただしいのかもしれない。


 お、おい。いきなりどうした? 俺なんか知らんけど地雷踏んだのか?


「子供を育てるのが美談ですか? あなた程度の男にはそう見えるかもしれませんか?」


 ……なんかよくわからんが、俺めっちゃ馬鹿にされてる? めっちや戸惑いなんだけど……。

 まあ、若いし。よくわからんプライドに刺激したんだろう。

 ここは年長者として彼女を落ち着かせるように丁寧に説明……するほど俺は大人ではない。


「大体、あなたも私にはできないと思っているんでしょ?」


「ガキが何をいきり立ってんだよ。可愛くねぇな」


 俺は精一杯の作り笑顔で言い放つ。


「なっ! が、ガキ……?」


 あーもう、なんかぷっつんときました。

 こいつが大変な状況にいるのは理解できるが、いきなり初対面の人にかみつくのは違うだろう。

 ここはこの初対面でキレてくる小娘に一発説教でもしえやろう――。


『パパ! さっきはこめんなさーーーーーーい!!! 謝るから口きいてえええええ』


 シリアスな空気の中でいきなり事務所に飛び込んできて俺に抱きついてくる実花。

 お願いだから胸を押し付けるな……今ある意味修羅場なんだから。

 さっきまで不機嫌そうにしていた音無さんも呆然と目を丸くしている。


「えっ……パパって……そういうプレイですか?」


 はぁ、まあそうなるよな……もう説教もくそもない……。

 仕方ない。変な誤解を与えてもあれだし、俺の方も事情を説明するか……。

 

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