第30話 新たな職場(4)
それから、生名さんは他に仕事があるらしく本社に戻っていった。
俺の今日の仕事はアルバイトの面接10件と細かい書類作成だ。面接官の仕事は経験がないので、やっかいな仕事だが、まあ、このぐらいの仕事なら余裕で定時で帰れるだろう。
……マジで定時で帰れるのか……ほんと? これどんなファンタジー?
「おい、テンチョー? どうしたんだ?」
「いや、何でもない……それにしても、ここが事務所か」
俺は1階にある事務所をぐるりと見渡す。
そこは15畳ほどの広々とした部屋で、今はまだ片付けられていないので、30個ほどの段ボールが置かれているが、壁や天井はきちんと改装されており、白い壁紙が美しい。
うん。なかなかいい部屋だ。大きな窓が二つ付いていてそこからは大きな校庭と綺麗な花が咲き誇る花壇が見渡えるのもポイントが高い。
うむ。ここが店長である俺の城になると思うと何となくうれしく思う。なんかこう頑張ろう的な。
……たとえ客に頭のおかしい娘と、従業員に頭のおかしい居ようとも……。
「なあ、テンチョー、あたしも面接に出ていいか?」
「えっ?」
「ああ、あたしの舎弟になるかもしなれない連中との顔を突き合わせるんだろ? だったら、先輩のあたしが居なきゃ始まんないだろ」
三沢は自信満々に胸を張る。どうでもいいけどボタンしめろや。胸がぷるんと震えるのが気になる。
でもあれか……こいつの提案は結構いいかもしれない。なんせ、俺は面接官童貞だ。それなら、たとえ馬鹿でも隣にいてくれるのは心強い。
それに採用となれば嫌でもこいつの顔を見ることになるんだ。その時にこのヤンキー顔を見た瞬間逃げられたら面倒だからな。事前に顔を合わせておくのは悪くないだろう。
◇◇◇
そう思っていた時期が僕にもありました。
『おととい来やがれこのやろうがああああああああ!!!!』
「す、すみませんでした……!!!」
事務所で三沢が怒号を発すると面接を受けていた大学生風の男が逃げるように事務所を後にした。それはもう脱兎のごとき敗走だ。
慌てふためいて扉にぶつかってるし……。
「はああああ……」
俺はまだ怒りが収まらないような様子の三沢を隣に大げさにため息を吐いた。
(これで5件連続不採用だぞ……)
どれも三沢が怒鳴り散らして、逃げかえらせている。
正直その気持ちもわかる……面接に来たやつらには『問題』がある。しかし、あと3人は採用しなければいけないので前途は多難だ……。
「すまねぇな……テンチョー、またやっちまった」
そんなことを考えていると、三沢が立ち上がり深々と頭を下げてきた。
三沢はさっきから自分の考えで怒鳴り散らしてしまっているのを気にしているようだ。
うん。すんなり謝罪の言葉が出てくるのか。見た目はあれだが素直なやつみたいだな。
「まあ、自覚があるならいいんじゃねえか? 面接に受けに来たやつらにも問題あるし」
俺は今まで落とした奴らの履歴書をパラパラと見る。
俺もつい先ほど知ったことだが、どうやらこの現場がある豊川高校には現役の超有名アイドルが在籍していらしい。
それが話をややこしくしている……今まで面接を受けに来たやつらは全員そのアイドル目当てだった。
今のやつなんか『給料はいらないから。営業時間に写真を撮らせてくれ』だからな……三沢がキレるのもわからんでもない。仕事をなめくさってやがる。
はぁ、学食のアルバイト募集に10人も応募が来たのはおかしいと思ったけど、こういうカラクリか……めんどくせえ。
「でも、採用が決まったやつにはすぐにキレるなよ。従業員同士がもめてもいいことなんてないからな」
「ああ、わかってるって。あたしは仲間には優しいからよ」
本当か……? 不安だ……。
はぁ、とにかく面接を進めるか……もしかしたら掘り出しで優秀な人がいるかもしれないし。
「それでテンチョウー。次はどんな奴だ?」
「ああ。『音無由衣(おとなしゆい)』。なになに、18歳か……可愛い子だな。外人っぽいけどハーフか? それに……ここの学生とそんなに歳変わんねぇじゃねぇか……」
それに……なるほど。この春に高校を中退してるのか……。うーむ。資料だけ見ると長続きしなそうだな……。
そんなことを考えていると、三沢が俺の後ろに回り込み資料をのぞき込んでくる。
むにっ。
やめろ……胸を押し付けてくるんじゃねぇ。ちょっとうれしいじゃねぇか。
「へえ、『富士宮学園』にいたのか……名門校じゃねぇか」
「そうなのか……?」
「ああ、豊川高校とならぶほどの偏差値らしい」
なんでそんな奴が学食のアルバイトの面接にくるんだ?
まあ、あってみればわかるか……。
◇◇◇
「初めまして。音無由衣です」
俺と三沢は事務所で目の前で上品にほほ笑むスーツ姿の少女の自己紹介を聞いていた。
音無は履歴書の写真で見た通り可愛い子だ。髪は艶のある金のストレートで、瞳の色は黒だ……ぱっとみ、どこかお金持ちのハーフで帰国子女。と、いった感じだ。
スタイルもよく……ウエストは驚くぐらい細い。なんというか、めったに見ないような美少女だ。
「面接よろしくお願い致します」
言動もはきはきしていて、しっかりとした印象も受ける。
だが……それより気になるのは……。
「えっと……その『ガキ』はなんだ……?」
三沢が俺が気になっていたことをストレートに聞いてくれた。
そう。少女の隣にきょろきょろ周りを見渡している3歳児ぐらいの『女の子』が立っていたのだ。
「わぁあああ。だんぼーるがいっぱいだぁ」
「すみません。一緒に来ることは電話で対応してくださった生名さんにお伝えしたのですが……」
「三沢聞いてたか?」
「いや、どうせ生名の怠慢だろっ。あいつちょいちょい抜けてるところがるっし」
「そうですか……。店長さん、料理長さん、それなら自己紹介をしますね。この子は『音無絆(おとなしきずな)』。私の娘です」
笑顔で答える少女。
そう彼女は俺と同じ子持ちだった――。
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