第28話 新たな職場(2)

俺は生名さんが運転する車の助手席に乗り、店長を務めることになる現場にむかっていた。


『私立豊川高校』。

 全校生徒700名で男女比率は男子6の女子4。

 偏差値70越えの名門校で、名門大学の推薦枠をいくつも持っているらしく、倍率も高く都内でも有数の人気校だ。

 その校風から優秀な生徒が多く、卒業生には政界関係者なども多いらしい。


 まあ、ようは有名な進学校だ。

 ……あいつら本当に頭よかったんだな……。未来はそう見えるけど、実花はとてもそうは見えん……。

 あいつなら平気でニートになると思ってた。

 というか……あいつら学費免除の『特別推薦枠』で転入したとか、言ってなかったか? 

 学費免除なのは非常に助かるけど……はぁ、美奈の血が流れてるのは伊達じゃないな……。


 多分、俺が学食の店長になったのも偶然じゃないんだろうし。こんな偶然があってたまるか。どうせまだ見ぬ、巨大権力を持つ爺さんが関与してるんだろう。


 はぁ、俺みたいな一般人にはあいつらの考えがわかんねえよ。頭が痛い……。


「? 川島さん、どうかしましたか?」


「いえ……大丈夫です」


 身内のでたらめさをまざまざと見せつけられた気分だ。

 たくっ、なんで勤務初日にそんな気分にならなきゃいけないんだよ……。


 まあ、いいか。所詮学食の店長と生徒だ。接点を作る方が難しいし。

 それに……まあ、何から何まで姉妹に誘導されていたのは気分が悪いが、おそらくは俺と一緒にいる時間を増やすために、手を回したのだろう。

 そう考えると、うれしかったりもする……あいつらに言うと絶対に調子に乗るから言わないけどな。


「さて、そろそろつきますよ。ここが正門です。私たちは裏門から……あら? あれ何かしら?」


 生名さんが不思議そうに首をかしげて車を脇に止めて、右手を見る。

 そして俺もつられてその方向を見た瞬間ーー背筋が凍ったような感覚に襲われた。


(……は?)


 まず、学校の立派な門が視界にうつる。さすが名門校の門だ。どこかの王宮にあるような巨大なもので上部には監視カメラがいくつも取り付けられている。看板にも気合が入っており、黒ベースの大理石に金の文字で力強く学校名が書かれている。

 高級すぎてこの看板だけ見ても、学校の質がわかるような気がする。

 さらにその奥に見える校舎は近代的な作りの4階建てで、昔ながらの木造校舎ではなく、まるで高級マンションのようなおしゃれなデザインだ。


 そして――1番目立つのが、非常に目をそらしたいものが、校舎の屋上から垂らされている懸垂幕で、そこには大きな丸文字で――。


「『祝! パパ、いらっしゃい!!! アイラブマイファザー!!!』……???」


 生名さんが困惑した声で懸垂幕に書かれている文字を読む。

 ……お願いだから、身内の恥を声に出すのはやめてほしい。


 こんな馬鹿な垂れ幕を掲げる頭のおかしい人間は世界にただひとりだ。懸垂幕も妙に気合が入ってるし、あれ時間がかかったんじゃないか? 


 まったく、努力の方向を間違える馬鹿はマジで性質が悪い。

 というか、屋上にぴょんぴょん跳ねてるそれっぽい馬鹿が見えるし。


「あれって何でしょうか……? 誰かの保護者がくるのかしら?」


「さ、さあ、生徒が未成年の叫びでもしてるんじゃないでしょうか?」


 俺は困惑して校舎を見ている生名さんの目を盗んで、スマホを操作して馬鹿娘にメールを送り付ける。


『5秒でそれを撤去しろ。さもないと今後一切お前と会話をしない』


 子供みたいな文面だが、今は余裕がない。

そしてその文面を送り付けて数秒、屋上の馬鹿の動きが止まり、おろおろとしている。

 そして、少し慌てた風に懸垂幕を外し始める。


「あっ……外しわね……」


「そうですね……まあ、懸垂幕の頭の悪さに自分で気が付いて改心したんでしょう」


 してなかったら、あとで鼻からワサビを突っ込んでZチューブにアップしてやる。


「残念ね……あの懸垂幕、心がこもっていて好きだったんですけど……」


「…………」


 この人のセンスは相当おかしいんじゃないか……?

 それとも俺が当事者だからか? はぁ、ともかくあいつにはあとで説教だ。


 俺は出社初日からなんだか重い気持ちになった……。

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