第27話 新たな職場(1)

 実花と未来が俺と住むようになって1ヶ月半が経過した。

 その間、様々な出来事があった。

 月は5月から7月となり、気温はすっかり暑くなり、夏に入ったことを実感させられる。


 父親となったこの時間は本当に濃い時間だった……。

 

 しかし想い出に浸ってる暇はない。これから先も、やることは山積みだ……というか停滞している案件がいくつかある。


 まずは実花たちの爺さんとの顔合わせだが、まだ現実になっていない。実花の話だと今ロンドンに滞在しているらしく、日本に戻るのは年末らしい。

 こうなってくるともう本格的に避けられてるんじゃないかと思うが……こればかりは会ってくれるまで根気よく待つしかないだろう。

 最悪ロンドンに行くことも考えている……。


 あと戸籍上の問題だ。今現状俺と娘たちは他人だ。これはすぐにでも役所に提出しなければいけないのだが……「戸籍関係の処理は祖父がするそうです。なのでお父さんは気にしなくてもいいです」と、未来から聞いているが……一向にその連絡がこない……まあ、会えてないしな。

 まあ、それはいい。

 娘たちも気にしてる感じはないしな……でも、今俺は「他人のJKふたりと同棲している」という、非常に世間的に見たらまずい状況だ。

 なので戸籍問題はすぐにでも解決したい……。


 と、まあ、引っ越し問題もまだ解決してないし、問題を上げたらきりがない。


 でも……そんな中、進展したこともあった。それは……。


「パパっ! 今日が初出勤の日だねっ!」


 早朝。

 俺は自宅で久しぶりのスーツに袖を通した。

 そう、就職が決まり、前職の有給消化も済ませて、ようやく今日が初出勤になる。

 内定をもらった会社は『株式会社ゼロフーズ』。人材紹介会社から紹介してもらった会社で、業務内容は社員食堂の店長だ。

 

「お父さん、忘れ物はないですか……? ハンカチは持ちましたか? スマホとか財布とか……」


「お前は俺のおかんか?」


 無表情で俺の心配を未来。

 俺と実花が頭がおかしいせいか、わりと常識人の未来はすっごいしっかりしてみえる。まあ、時々実花以上に頭のおかしいことを真顔で言うことがあるけど……。


「パパ、コンドームは持った? 避妊はしっかりしなきゃダメだよ?」

 

 こいつは安定で頭がおかしい。

 おっと、そろそろ出ないとな。


「じゃあ、お前らも学校遅れるなよ?」


「おっけ~おっけ~。パパ頑張ってね~」


「はい。それでは行ってらっしゃい。また後で……」


 ん? また? これから未来に会う予定はないけど……まあ、間違えただけだよな。

 よしそれじゃあ、しっかり稼いできますか……。


  ◇◇◇


 家から電車に揺られること30分、ビジネス街に到着した。

 平日のため俺と同じように出勤するサラリーマンが大勢いる。1ヶ月半もニートをしていたので懐かしい風景のように感じた。

 さらには新しく務める会社ということもあり、会社が近づくにつれてだんだんと緊張が強くなる。


(……はぁ、仕事うまくいくかなぁ。怖い上司とかいなきゃいいけど)

 

 そんな考えのまま、駅から徒歩5分。本社が入っているビルに到着した。

 30階建ての大きなビルで、俺が働く会社以外にもいくつも会社が入ってるようだ。その中には有名なゲーム会社や食品会社の社名もある。

 こんな場所に入ってるので俺が務める会社も相当でかい会社だよな……パート、アルバイト合わせて全国で2万名社員がいるらしいし……。


 それで今日の業務内容だが、主は研修で、仕事の流れや、店長業務の説明があるそうだ。

 

「本当に俺なんかに務まるのか……まっ、今考えてもしかたないか。仕事なんて死ぬ気で詰め込めば何とかなるもんだ」


 俺は社畜精神全開でビルに入っていった。


 それから、会社の会議室で担当者の生名(いくな)さんから主だった会社の決まりなどについて説明を受けた。

 生名さんは人当たりのいい20代中盤のスレンダーなスーツの似合う美人でエリアマネージャーを担当しているそうだ。

 この若さでエリアマネージャーとはよほど優秀なのだろう。


「川島さん、ここでの説明は以上になります。何か質問はありますか?」


「いえ、大丈夫です」


「ではこれから実際事業所に一緒に行って頂き、業務の説明をさせて頂きます」


 まあ、ぶっちゃけ初めての業務だからやってみないと何とも言えないけどな……。

 でも、パートの時間管理とか、資料作成とか、前職と同じようなこともするし、何とかなるだろう。


 それより、大事なことを聞かないとな。


「わかりました。それで……店長を務める事業所の情報を頂きたいのですが……」


「あっ、それは今からお伝え致します。すみません、ぎりぎりまでお伝え出来なくて……」


 申し訳なさそうに答える生名さんに俺は笑顔で答える。


「いえいえ……守秘義務とかあるので問題ないですよ」


「そう言っていただけると助かります。それで川島さんのいく事業所は新規案件で都内の学校になります」


「学校ですか……?」


 へぇー、そういうところにも事業所持ってるんだなこの会社。

 でも新規案件か……新人に預ける仕事ではないと思うが……まあ、それほど期待されているということだな。頑張らないと……。

 

「はい。『私立豊川高校』です」


「…………」


「営業はお昼休みの12時から1時の間の1回。たまに職員の懇親会や、保護者参加のパーティが開催されるようです。食数の見込みは300食前後になります。従業員は5人を想定しておりまして……」


 生名さんが事業所の説明を細かにしてくれるが……それが頭に入っていかない。

 この人、綺麗な顔して今とんでもないこと言わなかったか……?


「…………ちょ、ちょっと、待ってください。俺の聞き間違いでなければ豊川高校って言いました?」


「え、ええ、そんなに慌ててどうかしたんですか?」


「……い、いえ。ちょっと聞きなれた高校名だったので……」


『私立豊川高校』。それはこの1月半の間に何度か聞いた学校名だ。


 だって――『実花と未来が現在通ってる学校』だし……。


 ここ最近目玉が飛び出るほど驚くことが多くて真面目に困る……。

 どうやら、新しい職場ではあの騒がしい娘たちと顔を合わせることになりそうだな……。

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