第26話 夢に向かう夢野(2)
明菜は平日のお昼過ぎに都心の繁華街にやって来た。
『約束の時間』までまだ時間があるので、今後のことを考えるにいたってなにか参考になればと大型家電量販店をめぐっていた。
9階建ての巨大なお店は休日だと大勢の人々が訪れるが、今はお客は少なく店員の方が多いくらいだ。
(仕事が忙しくて、こういうところあまり来たことなかったけど……なんか新鮮ですねぇ~)
明菜は地元の短大を卒業してすぐに上京してきた。
それまでいた地元はすごい田舎という訳でもないが、ここまでの家電量販店はなく、せいぜい大型の複合スーパーの1コーナーが家電売り場になっていた。
なのでこのように家電しか売っていないビルがいくつもある街は歩いていて面白かった。
(そういえば……上京してすぐに仕事漬けになっちゃったから、こうやって落ち着ていお店を周るのは初めての経験ですね……)
気分はわりかし晴れやかだ。
最近自分の部屋で仕事のことや今後のことを考え込むことが多かったから、気分転換という意味では街を歩く選択肢は間違っていなかった。
……問題があるとすれば肝心の今後の参考にはなっていないことと――。
「へぇ~、今はこんなスチームオーブンが出ていたんだぁ~…キッシュとかアップルパイとかも焼けるんですね………………こ、これを買えば川島さんに差し入れできるかな……甘いものよりもお酒のおつまみの方が……でも、私が差し入れなんて迷惑だよね……はぁ」
いい家電を見つけたらすぐに義孝を関連付けて考えてしまっている……。
そして明菜はそう考えるたびに「自分なんかが……」と、自己嫌悪になる。重症だ……明菜もそれには自覚があった。
だからこそ今日は葵に相談を聞いてもらう予定なのだ。ちなみに直接言いたくて葵にはまだ内容は伝えていない……。
(葵さん、忙しいのに私のためにわざわざ来てくれるんだから、うじうじした考えを辞めないと……)
『はーい! 皆さんこんにちはー!』
「ん……?」
その時、背後のテレビから若い女性の声が聞こえた。振り返ってみるとそこには大型のテレビに若い女性の姿が映し出されていた。
20代後半ぐらいの小柄で目の大きい可愛い女性で、その容姿はどこかのアイドルのようだ。しかし、そんな女性に不釣り合いなのが、目の前に用意されている巨大なラーメンだ。
普通の量の5倍から、6倍の量があるように見える。
「えっと……女性アイドルの大食いチャレンジ。30分で総合計3キロ……」
どうやら大食い企画のようだ……。
(へぇー、こういう世界もあるんですねぇ~面白いかも)
女性は優雅にラーメンをすすっていく。その姿はまるでおしゃれなお蕎麦屋さんで、ひとり食事をしている令嬢のようだ。
しかし、食べてるのは巨大ラーメン。そのギャップが見ごたえがあった……。
(私いっぱい食べるのは恥ずかしいことだと思ってたけど……川島さんは「私の食べる姿が好き」って言ってくれた……なら、こういうのもやってみてもいいのかなぁ~)
明菜はそんな考えから、葵との約束の時間までその画面に釘付けだった。
◇◇◇
それから、疲れきった顔色の葵と合流した。
明菜が話を聞くと、この数日山場の仕事が多いらしく、ろくに家に帰ってないそうだ……。
明菜はそんな状態で呼び出してしまったことに罪悪感を持ったが、葵が「気にしたら怒るよー?」と、茶目っ気がある笑顔で言うのでいくらか楽になった。
葵とは初めて出会った時から何度か電話で話しており、歳も近く、同じ社畜経験者ということもあり、すぐに打ち解けて年上の葵は敬語がなくなっていた。
そして、注文した軽食が来るまでの間、何気なく先ほどの家電量販店で見た女性のことを聞いてみた。
「あーゆめゆめが見たのって、香川紀美ちゃんじゃない? 大食いZチューバ―の」
「Zチューバー?」
明菜には聞きなれない言葉だった……しかしその言葉は有名なようで葵は少しあきれたような雰囲気を出した。
「ゆめゆめって若い子が興味があること知らないよね~」
「ご、ごめんなさい……」
「あっー、怒ったわけじゃないから、そういうとこも天然で可愛いし♪」
「も、もう……からかわないでくださいよぉ~」
「ふふっ、あそうそう。Zチューバ―のことだよね。無料動画投稿サイトで動画を投稿して広告収入を得て生活する人たちのことだね。今小学生の将来の夢ランキング2位なんだって」
「へえ、そんな職業があるんですね~」
世間知らずの明菜には知らない世界だ。
ちょっと興味がわく、自分の動画を上げればこのうじうじした性格もなおるかもしれない……そんな考えが浮かんだからだ。
明菜は自分を変えたい……義孝に似合う女性になるために……。
「葵さん……そ、その……」
「おっ、電話で言ってた相談だね? 深刻そうだったけど……」
「えっと、その……あの……あの」
いざ言うとなると、顔が赤くなり、言葉がのどから出てこない……自分の好きな人をつたえるという小学生みたいな言葉に恥ずかしさを感じる……でもここで言葉を詰まらせていれば以前と同じだ。
それは嫌だ。義孝の顔が頭に浮かびそう思った。
「あの……私、川島さんのことが……好きな……みたいです」
「…………」
葵の表情が固まり、次第に「信じられない」という顔になる。
そして神妙な面持ちで口を開く――。
「えっ? 今更……?」
「え、えっ?」
明菜にとっては一世一代の相談だったが、葵の反応は「今更何言ってるの?」みたいな感じだ。
どうにもふたりの感情には温度差があった。
「か、確認だけど、ゆめゆめって、先輩のことが好きで昔からアプローチ中、それで今日は先輩と近い位置にいる私に釘を刺しに来たんじゃないの? そして私はどうぞどうぞするつもりだったんだけど……」
「い、いえ、その、川島さんが好きだと自覚したの最近ですし……そ、その、こういう気持ち初めてでどうしたらいいのかわからなくて……相談しました」
「わからないって……えっ……まさかゆめゆめって……処女?」
「こ、言葉に出さない下さい……は、恥ずかしいです~」
「う、嘘だ……嘘だ! ゆめゆめって23だよね? こ、こんな美女が経験ないなんて! そんなことあるわけないじゃん!」
「そ、そういう葵さんはあるんですか? だ、男性との経験……」
「い、いや、私は……ほら、仕事が恋人だし……そもそも女性の処女はそのステータスだし……うん、私は負け組じゃない。多分」
若い女性が昼下がりの平和な午後に処女談義を始めた。幸い客も少なかったので会話まで聞かれなかった……。
そしてたっぷり1時間「処女の貴重性」について話したふたりには妙な友情が芽生えていた。
ちなみに――明菜が相談しようした義孝の件は処女談義が長引いたので延期になったのだった……。
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