第25話 夢に向かう夢野(1)
義孝たちが遊園地に行った数週間後の7月頭。
夢野明菜は人生をどう生きようか考えていた……。
務めていた病院の医院長がカルテの偽装で捕まり、病院は無期休業となり、ある日突然無職となった。
そして少し前までは給料が出るかすら、わからなかった。
しかし義孝経由で知り合った葵のアドバイスのおかげで、何とか給料の未払い金と有給は確保することができた。
そのおかげで明菜は現在有給消化中という名のニートだ。
……退職金や残業代までは請求できなかったが、明菜は満足していた。
おそらく無知な自分ひとりではここまでのお金を得ることはできなかっただろう……という考えがあったからだ。
(でも……このままではだめですぅ)
ふたりの娘の親になった義孝や、バリバリ仕事をこなす葵を見ていると、明菜の胸にそんな気持ちがふつふつとわいてくる
思えば明菜は今まで人生を人に言われるままに送ってきた。親が決めた学校に行き、教師が進めた就職先に努めた。
人を助けたいという願いは心の中にあったものの、それに具体性はなく、結局は人の意見に流されただけだ……今となってはそう思う。
だからこそ、今の有給消化中の期間を利用して、本当に自分がしたいことをしようと考えようとしていた……が、一番最初のところで躓いていた。
「わたしって……本当は何がしたいんだろうぅ……」
明菜は自室のベッドにだらしなく寝転がる。ごろごろ、ごろごろと転がる。
服装はTシャツに短パンというラフな格好で……とてもじゃないが人様に見せられない。
……と、本人は思っているが、スタイルの良さなどから、男性が今の明菜の姿を見たら理性を保つのは大変だろう。
優秀な兄妹がいる明菜は、昔から自分への評価がかなり低かった。そのせいで自分に自信がなく、人の前では本心を見せるのを怖がっている。
(はぁ、自分がやりたいこともわからないなんて……川島さんが今のわたしの姿を見たら失望するよねぇ……)
ため息を吐きながら、天井を見る。
『夢野さんの食べる姿が好き』
この前、義孝に言われた言葉がずっと頭から離れないでいた。
義孝がそういう意味……異性として好きと言ったわけではないのはわかっている。だが……それでも、思い出すと顔が熱くなり、心臓がドクンドクンと高鳴るのがわかる……。
そんな感情を持つようになったのは、間違いなく義孝の『夢野さんの食べる姿が好き』という言葉がきっかけだ。それから義孝が親として成長していく姿を間近で見ていて、次第にその想いは強くなっていった。
「はぁ、これって間違いないですねぇ……はぁ」
明菜は義孝に恋をしている。
今まで恋とは無縁の人生を送ってきた。その容姿から男に言い寄られることは多かったが、「自分なんかが」という考えが邪魔をして、その先に進むのを本能的に拒否していた。
そんな淡白な人間関係を続けてるうちに大人になってしまった。明菜は基本的には人当たりのいい性格をしているので友達は多いのだが、その自己評価のせいで心を許せる親友はいない。
自分からは人の深いところには決して踏み込まなかったのだ。
「仕事が忙しかった……というのは言い訳ですよね……はぁ」
ため息が止まらない……明菜は考えれば考えるほど感情が暗くなっていくのを感じていた。こんな暗い考えはやめなければいけないと、考えても思考は止まらない……。
だがその時――。
『わあああああああああああああああ!!!』
(あっ実花ちゃんの声だ……ふふっ、こないだ遊園地の話をしてくれた時から、川島さんとさらに仲良くなりましたねぇ~ふふっ、親子っていいなぁ~)
『パパっ! このAVナースものだ!!! パパってこんなのもみるんだああああああ!!!』
(……えっ?)
『てめっ!!! 騒ぐな!!! 隣には夢野さんがいるんだぞ!!! 聞こえたらどうするんだ!!!』
(川島さん……ごめんなさい……壁薄いので聞こえています……そ、そうですか。川島さんはナースが好きなんですかぁ……へ、へぇ~)
明菜はベッドで枕を抱きかかえながら身もだえる。恥ずかしかったり、うれしかったり、二つの感情が渦巻き、もう自分では抑えきれない……。
ダメなのはわかっている……なんせ相手は子持ちでひとまわり以上歳上だ。自分なんかが恋心を抱いては相手に迷惑をかける……そんな考えが浮かぶ。
「さっきから川島さんのことばかり考えてます……こ、これは重傷だなぁ……ど、どうしよう。こんなこと今までなかったから、どうしたらいいのかわからないですぅ……はぁ、だけど、気軽に相談できる友達もいないのに……」
そこまで言ってひとりの人物が頭に浮かぶ。
(でもこんな個人的なことを相談するのは迷惑じゃないですかね……? でも、何でも相談してって言ってくれましたし……「先輩は弟みたいなもの」とも言ってました……)
今までの明菜なら、自分だけで考えてこの恋心を無理やり押さえつけていただろう。
しかし――明菜は人と関わる強さを身につけていた。
それは仕事を辞めたからなのか? それとも恋をしたからなのか? それはわからないが――。
(ちょっと……相談してみましょう……)
そう決断した明菜は以前よりも確実に成長していた。
(私なんか相談をするのは申し訳ないけど……)
だが、自分の評価はなかなか上がらなかった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます