第24話 家族で遊園地(6)

 楽しい時間はすぐに終わる。

 それは古来から人間が感じて来たことだろう。

 今日は様々なアトラクションに乗り、様々な話をして、パレードを見て、花火を見た。普通の親子がどういう風に遊ぶかはわからないが、親子としての休日を過ごせたのではないだろうか……そんな満足感があった。


『本日はありがとうございました。またのご来店を心よりお待ちしております』


 22時のゲート付近。園内にそんな放送が流れる。

 これまでどこを見ても人だらけだった園内から人がどんどん減っていく。そんな風景に寂しさみたいなものを覚えた。

 それは娘たちも同じようで、いつもは騒がしい実花もぼーっと、黙って帰っていく人々を眺めている。


「あ~。閉園時間になっちゃったね~」


「うん。なんか寂しいです……」


 俺は落ち込むような表情を見せるふたりに対して、能天気に見えるように軽く笑って見せた。


「また来ればいいだろ? 1時間ぐらいで来れるんだしな。それに入園料も風俗代に比べれば安いし」


 ……少し前の俺なら逆のことを言っていただろう。『風俗の料金に対して遊園地が高い』と。しかし、今はそんな言葉自然と出る。

 それぐらい自分が今日を楽しんでいたことに少し驚いた。


「いいんですか……? わ、私……今度はハロウィンとかクリスマスとかのイベントの時に来たいです」


「おっ、未来ちゃんいい意見だねぇ~。でもハロウィンはちょっと遠いからもう少し早く来たいな」


「そうか……」


 それなら、少し早めにまた計画するか……。


「さて、帰るか」

 

でもその前に――。


「悪いふたりとも、トイレ行ってくるから待って貰えるか?」


「わかりました」


「実花、ナンパが来たら奇声を上げて、変人のふりをしろ。得意だろ?」


「はいはい~おっけーおっけ~。なんなら、私が得意なリザードマンの雄叫びを披露してあげるよ」


 なにそれ……? 超見てみたいんだけど……。

 おっと、そんなこと考えてないで急がないと、あんまJKを夜連れまわすもんじゃないからな……。


 ◇◇◇


「……ふぅ」


「……はぁ」


 義孝がトイレに行くのを見届けると、姉妹はふたりそろってため息を吐いた。

 姉妹にとって父親と遊園地に遊びにこれたのは奇跡のような出来事だ……欲を言えば『母親とも来たかった』という願いはあるものの、今日でも十分すぎた。


 これ以上はなんか罰が当たりそうな気さえした。


「お姉ちゃん。いろいろ考えてたんでしょ……? なんで実行しなかったの」


 その時、未来がポツリと呟く、その声色には少しの戸惑いが出ている。

 そう。実花はこのデートをただのデートで終わらせるつもりなんてなかった。義孝に恋愛感情を抱かせて、自分たちに手を出させる計画を用意していた。


 例えば、ナンパにわざと引っかかって義孝に助けさせたり、迷子になって心配かけてそのあと「心細かった」のを理由にして胸を押し付けて腕をずっと組むとか、躓いたふりをしてキスをするとか、細かいのを合わせれば100ぐらいは考えていた。


 でも実行されたものは殆どなかった……。


「うーん、なんでだろうね。私にもわかんない」


 実花はわざと馬鹿なふりをしてとぼけて見せる。

 そんな実花を見て未来は……いじけたように呟く。


「……嘘つき。自分でもわかってるくせに」


 そう。理由なんて決まり切っている。

 今日、『初デート』という特別な1日を策で台無しにしたくなかったからだ。

 朝に入場ゲートで義孝に会った時に不意にそう思った……『そのままの自分で楽しみたい』と。

だから純粋な気持ちでただ楽しむことに集中した。


「……未来ちゃん、一応聞いておくけど、この後パパと3人でホテルに行くことも可能なんだけど、どうする?」


「…………」


 未来はうつむく。それは決して嫌ではない……嫌なはずがない。ずっと待ち望んでいたことだ。

 でも……それでも今日は今日だけは――。


「いえ、いいです……時間はたくさんあるから」


「そうだね……私もそう思うかなっー」


「ふふふふふっ」


「あはははははは」


 姉妹は互いの顔を見合わせて声を出して笑った……。

今の時間が奇跡みたいに楽しくて、うれしくて……ふたりの『母親が娘たち告げたこと』は何も間違ってなかった。


『あの人は必ずあなたたちを受け入れてくれる』


 それが大切な人の最期の言葉……。

 最近人生で1番悲しいことがあった。でも今日は人生で1番うれしい日、そう感じた。


「ん? あれ? お姉ちゃん、あの人たち近づいてくる」


「あー、そうだね……」


「へい、彼女たちなにしてんの?」


「これからご飯でも食べに行かない」


 その時、知らない若い男たちが話しかけてきた。

 髪は金で、シルバーのアクセサリーをジャラジャラつけている。

 いかにも遊んでいて軽そうな男たちだ。


「お姉ちゃん……お父さんの言うとおりになったね」


「ふふっ、そうだね。さて救援を呼びますか」

 

 実花はすうぅーと息を大きく吸い込む。

 そして――。


『うららららっらららっらららららららららっらららららららららっら―――――!!!!』


 リザードマンの雄叫びをした。

 まるで今日1日の幸せを表にだすように、「自分たちは幸せだ」と、天国の母親に届くように――。

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