第18話 父親として(2)

 それから就活や爺さんとの顔合わせなど、重要なことは殆ど進まず、あっという間に土曜日となった。

 今日までに、娘のふたりはそわそわしながら、何かを準備しているようだったが、聞いても教えてくれない。一瞬、本気で「嫌われたんじゃないかと?」と思い、すぐに葵ちゃんに相談したが「デリカシーない」その一言でバッサリ切られてしまった。なぜだ。


 まあ、そんなこんなで当日なわけだが、なぜか俺は朝早くに娘たちに家を追い出された。実花いわく「デートと言えば待ち合わせでしょ! だから遊園地に11時集合で!」ということらしいのだが――。


「だからデートじゃねぇっていうんだよ。それに……今朝8時だぞ」


 俺は家の近所の公園で悪態をつきながら、コンビニで買ったビールをあおる。

 今いる場所から遊園地まで1時間ほどで着くので2時間は時間を持て余していた。


(まあ、楽しみにしてくれてるならいいか……このぐらいのわがままは可愛いものだ)


 だけどさすがにやることがない……これ以上酒を飲むと、遊びに行くのを楽しみにしてる娘たちに悪い気がする。

 なので葵ちゃんにいたずら電話をして暇をつぶそうかと考えていると――。


『ピピピピピピピピ』


 俺のスマホが着信を知らせる。

 画面には俺が今お世話になっている人材紹介会社の名前があった。

 ここはハローワークだけではいい会社が見つからずに困っていた時に、夢野さんから紹介してもらった会社だ。

 先日顔合わせをして、今は仕事を探してもらっている最中の筈だ。


「ん? どうしたんだ? こんな朝早くに……あっ、まさか」


 俺はある可能性に思いつき焦る気持ちを抑えて電話に出た。


「はい。もしもし!」


『あっ、川島さんっすか、おはようございます~。すみません朝早く』


 受話器から聞こえてきたのは軽そうな男の声だ。確か『金田さん』だっけ。

 口調は軽いけど、メールとかのやり取りからはしっかりした人と言う印象を受けていた。


「いえ、大丈夫です。おはようございます。もしかして、どこかからオファーがあったんですか?」


『ええ、そうなんです。結構な大手っすよ。なんか来週頭にすぐ面接をしたいって言ってきてるっす。というか雇う気満々っすね。ここまで温度感高いのも珍しいです』


「おお、よかった」


 これで、無職から一歩遠のいたな。いつまでも無職じゃふたりに心配かけるからな……。


『それで川島さんって、調理への興味ってありますか?』


「えっ? 調理ですか? ……ぶっちゃけ、チャーハンぐらいしか作れないですよ?」


『ああ、先方は調理の腕はそこまでこだわってないそうです』


「? どういうことですか?」


 金田さんの話をまとめると、俺にオフォーが来てるのは社員食堂などを経営している会社で店長のポジションだった。

 ただ、店長と言っても料理長は別にいるらしく、経営業務が主体となるらしい。

 うーん、俺元経理だからやったことのない仕事だな……まあ、金勘定とか近いとこはありそうだけど……。

 一応予防線張っとくか……雇ってもらった後でもめるのも嫌だし。


「でも、俺店長なんかできる自信ないですよ? 経験もないんで売上低くなるかも――」


『あっ、先方。川島さんに対して温度感が本当に高くて、川島さんが出した条件で給料は希望の2倍以上は出すそうっす』


「店長でも奴隷でもなんでもやります。俺が店長をした店を日本一有名な社食にして見せますよ」


 所詮男のプライドなんて、ちっぽけなものだ。

 真の男は金のためなら喜んで泥にまみれるものだ。俺はそう社畜社会で教わった。


 ていうか2倍以上とかマジか! しかも希望通りっていうことは週休2日の残業が月に20時間以内だぞ!


 なにその天国のような採用条件! いやこれが普通なのかもしれないけど、前の会社とは天国と地獄だ!


 そのあと、俺はハイテンションで細かい打ち合わせをして電話を切った。

 就職が決まりそうなことよりも、娘たちにいい報告ができそうなのがうれしく、待ち合わせに向かう足取りはとても軽かった。


   ◇◇◇


 一方その頃川島家では――。


「あ、お姉ちゃん。そ、そろそろ出た方がよくない? ほら、お父さんがもう待ち合わせ場所にいるかもしれないし」


「未来ちゃん、まだ約束の3時間前だよ? というかパパを追い出したのついさっきだし」


「そ、そっか……そっか……お父さんとデート……デート。デート。デート」


 未来はベッドの上で正座しながらぼんやりとした表情でつぶやく。

 時々、笑みをこぼし、うれしさを隠そうとしてるのに隠せていないっという感じだ。


 そんな妹の様子を実花は部屋の隅から楽しそうに見ていた。

 

(わが妹ながら微笑ましいなぁ。可愛い~……パパには朝早くに追い出したパパに悪かったけど、やっぱりデートには雰囲気が大事だからね~)


 実花はそんなことを考えながら、スマホに目を通す。

 スマホにはたくさんのスケジュールが書き込まれたメモ帳が映し出されていた。

 そこには『夜9時ぐらいは駅前のホテルがねらい目。3人で入っても怒られない』などの義孝からしたら心臓に悪い文も書かれていた……。


 未来は……興味のないこと、学校での勉強などにはかなり消極的だが、興味があること、特に父親が絡むことにはすさまじい行動力を発揮する。

 そして性質が悪いことに実花の頭の良さは大人と比べても飛びぬけていた。それは前いた日本でも有数の『名門校』で新入生主席だった未来よりも地頭では上な程だ。


 そんな実花が今日のデートを『ただのデート』で終わらせる訳がない。


(くすっ、私も未来ちゃんも人生で初めてのデートだもん。絶対にパパをドキッとさせるんだから)


 実花はスマホを見ながら、悪戯っぽくほほ笑んだ。

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