第17話 父親として(1)

 社畜対談の翌日の昼頃。

 結局あの後三人で明け方まで飲んでいた。うーむ、今日は月曜だから、仕事のない俺や夢野さんはともかくとして、現役社畜である葵ちゃんは起きれただろうか……。

 今日も出社とか言ってた気がするけど、遅くまで付き合わせた身としては大変申し訳なく思う。


(今頃出社してる頃かなぁ……)


 そして、無職の俺はぼんやりとひとり、公園のベンチに座っていた。

 学校の教室ぐらいの大きさの公園では元気に遊ぶ幼児が数人と、それを微笑ましい笑みを浮かべて見ているお母さんたちがいた。

 そんな微笑ましい空気に加えて、天気は晴天、気温も5月特有の寒くも熱くもない丁度いい感じだ。さらには片手には先ほどコンビニで買ったビール。うむ、清々しい昼だ。


(この変な罪悪感さえなければな……)


 完璧な昼を過ごしてるはずなのに、妙に悲しい。負け犬になったみたいだ……いや、平日の昼間から公園でビールを飲む中年とか、周りから見ればまさに負け犬に見えるんだろうけど……就活はきちんとしてぞ? 連絡待ちなだけだ。


 ちなみに娘たちは朝早く学校に行った。なんでも前は田舎の学校に通っていたが、祖父の力を使って近所の高校に転校したらしい。

 俺の家に住むのが決まったのは最近なのに、仕事が早いよな……あいつらの祖父ってどんな人だろうな……。


「さて……俺もそろそろ行くか」

 

 今日の目的は『下見』だ。

 今都内の学校に行っている娘たちのための……。

 正直言うと俺はいきなり娘ができて戸惑っている。無責任な話だが、どう接したらいいのかわからない。リアルJKの感性がわからん。

 

 だが、それではだめだ。引き受けると決めた以上は家族として暮らしたい。

 あいつらは母親を亡くして俺の元に来たんだ。最低限は父親として、あいつらの面倒をみたい。それが引き取ることを決めた際に決意したことだ。

 

 しかし、どうすれば年頃の娘と仲良くなれるのかさっぱりわからなかった。男の新入社員とかなら、飲みに引っ張り出して、俺のおごりで風俗にでも行けば、ある程度仲良くなれるんだけど……。


 そこで、昨日俺が気軽に話せる夢野さんと葵ちゃんに相談したら……。


『ふたりともお父さんと遊びたいんじゃないですかねー?』


『そうそう。先輩がどこか遊びに連れて行ってあげたらどうですか? あっ、大人の遊び場はだめですよ? 例えば遊園地とかいいんじゃないですか?』


 そんなありがたい意見を頂いたので、そのプランで行くことにした。

 しかし、当然俺に遊園地の知識などあるわけもない。美奈を除けば彼女がいたことないんだから、仕方ないとは思うが、娘と行く以上そうも言ってられない。


(初めて家族として遊びに行くんだ。なんとか楽しんでもらいたいしな……)


 俺はそんな考えを胸に電車で1時間ほどの遊園地に向かった。


   ◇◇◇


「疲れた……」


 その日の夕方、俺は遊園地への下見を終えて、自分のマンションに着いた。

 今日1日かけて一通り周れたので、当日は問題ないだろう……多分、きっと。

 それにしても遊園地ていうのはなんであんなに人が多いんだ? 今日平日の月曜日だぞ? 暇人共め。まあ、俺が一番暇なんだろうけど……。

 

(やること自体は多いんだけどなぁ……就活に娘の世話に、引っ越しも考えないと……あいつらも自分の部屋が欲しいだろうからな。それにあいつらの爺さんにも挨拶しに行かなきゃ……)


 あいつらの祖父はここから新幹線で数時間のところに住んでいるらしい。今は向こうが忙しいらしく、どこか時間を見つけて会うことになっている。

 ……正直どう思われてるかわからないから、会うの怖いんだけどな……電話で話した時は普通だったけど、いざ会ったらいきなり殴られるかもしれないし……。


 ガチャ。


 そんなことを考えながら自室の、ドアを開ける。


「パパ! お帰り~~~!!」


「わっ!」


 瞬間、制服姿の実花が飛びついてくる!

 その行動に驚いている暇もなく、実花は鼻先を俺の服にこすり付ける。


 こういう行動にはまだ慣れねぇな! 

 ぷにぷにと胸も押し付けられていて、油断すると興奮しそうになるし!


「う~~ん! パパの匂いはやっぱり最高だね。これ売りに出そうよ~」


「や、やめろ。離れろや。襲うぞ」


「やーん♪ いつ襲ってくれるの!? 地球が何回周った時!?」


 ガキか。冗談だ。わかれ。


「お姉ちゃん。お父さん困ってるから、やめなよ」


 実花を無理やり引きはがしていると、未来が無表情でキッチンからやってくる……。

 未来も実花と同じく制服姿だが、その上からエプロンをしている。

 ……なんだこの新妻感は……とか言うと、変態みたいだからやめておこう。


 でも、こうして同じ服を着ているのをみると、こいつらそっくりだよな……。

 身長も同じぐらいだし、顔なんか間違い探しのレベルだ。

 未来が配慮で髪型をポニーテールしてくれていなかったら、顔ではわからん。


 まあ、性格は正反対だから、しゃべれば一発なんだけどな……それに胸は実花の方が明らかに大きいし。でも、早く顔でもみ分けられるようにならないとな……親なんだし。


「お父さん、人の胸を見てため息をつくのはやめてもらってもいいですか? どうせ、私はお姉ちゃんほど大きくありません……」


 やべっ、馬鹿にしたつもりはなかったが怒らせてしまったようだ。

 これから、遊びに誘わなきゃいけないのに出鼻をくじかれた!


「す、すまん」


「いいです。事実ですから。つーん」


「未来ちゃん。未来ちゃん。パパは胸の大きさにはあまり拘らないみたいだから大丈夫だよ?」


「えっ? そうなんですか?」


「待て、なんでお前がそんなこと断言するんだよ」


「パパの部屋のAVを研究して、統計を取ったから」


 お前俺がいない時にそんなことやってたの……? 普通にひくわ。まあ、娘がいるのにAVを隠してない俺も相当だめ親父だけど。


 、はぁ。いいや、さくっと誘ってしまおう。


「それよりお前ら今週の土曜日に遊びに行かないか?」


「…………」


「…………」


 俺が言葉を発した瞬間、姉妹の表示が固まる。

 未来が無表情なのはいつものことだが、実花の顔からここまで感情が消えるのは初めて見た。


 えっ? やっぱり、父親と遊びに行くなんて嫌なのか? き、気持ち悪いのか?



「……パパ、誰と誰が行くんですか?」


「えっと……俺とお前らふたりだけど……」


「お父さん、どこに行くんですか……?」


「ゆ、遊園地を考えていました……」


 な、何だこの重い空気は……今すぐ逃げ出したいんですけど……。

 

 とか考えていると実花の顔が一瞬で笑顔に変わる!


「やふうううううううううう! わあああああああああ! パパとデートだああああああ!」


「お、お姉ちゃん、当日何着ていこう。美容院も行って綺麗にして……それからそれから」


 いきなりふたり態度が変わってこれはこれで困る!

 普段は無表情な未来までとってもいい笑顔だし!


「ま、待て。落ち着け、ただ遊びに行くだけだ。デートじゃない――」


『デートです』


 姉妹声がハモる。さいですか……。

 まあ、別になんでもいいんだけど、デートっていうのはなんだか恥ずかしい……。


 そうして娘ふたりと出かけることがめでたく決まる。

 断られる可能性も考慮していたから、その点ではほっとした。

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