第16話 社畜対談(3)

 店員により夢野さんが頼んだ料理が用意され、俺と葵ちゃんは目を丸くしていた。

 元々あったテーブルに乗りきらず、追加のテーブルが用意されて、その上にピザが15枚ほど並んでいる。

 この店はピザ1枚あたり600円ほどで、大きさは出前で頼むSサイズよりも小さい……夢野さんなら食べきれるとわかっているが、この量は圧巻だ。


 そして、夢野さんはひとり大量のピザを目の前にして目を輝かせていた。


「ふふっ、一度こういう頼み方してみたかったんですよね。ほらほら、これは私が払いますからいっぱい食べてください。足りなかったら追加しますんで♪」


「えっ? ゆ、ゆめゆめこの量食べれるの? ちなみに私は2、3切れ貰えれば十分だよ?」


「まあ、夢野さんなら楽勝だろ。ちなみに俺もそのぐらい貰えれば十分だから」


 まあ、でも俺が頼ませてしまった感があるので、俺も多めに払おう。


「そうですか? 足りなかったらすぐに言って下さいね。ふふっ、ん~おいしい~」


 この前も思ったけど夢野さんは幸せそうに食べるな……「ずっと見ていたい」そう思わせる魅力がある。


「それで? 先輩。あの姉妹にどんな教育してるんですかー?」


 くっ、しつこいな。さっきからずっと問い詰められてる。はぁ、それもそうか、俺もいきなり同僚が女子高生に『パパ』とか呼ばれていたら、速やかに正気を疑う。


 はぁ、これはごまかすのも限界だな……予定では「姉の子をしばらく預かることになった」と、説明するつもりだったけど、本当のことを話そう。何より、これ以上隠すのは心が痛い。

 まあ、葵ちゃんなら言っても騒ぎになることはないだろう。変に義理堅いし。


「それはふたりが俺の子だからだ」


「……そういうプレイをしているんですよね。日にいくら払っているんですか?」


 ジト目で見てくる葵ちゃん。

 んー今結構真面目に言ったんだけど、ふざけた感じも出してないし……「俺に子供なんかいるはずない」という信頼度は高いな。


 これは俺がいくら言っても無駄な気がしてきたが、もう少し足掻いてみよう。


「いや、それが本当なんだって、俺も最初はギャグかと思ったんだけどさ。ある日ふたりが急に訪ねて来たんだ」


「それで、私たちは娘です~という感じですか? あのー、さすが信じられませんよ? だって風俗マスターの先輩に子供なんているわけないじゃないですか。それに未来っちが子供ということは先輩も10代の時ですよね?」


「俺の初体験の子供だ。避妊具に細工されていたらしい」


「それはどこのアニメやマンガですか? 私には先輩がチップを払って女の子に強要させてる。その方が説得力があるんですけど……」


 葵ちゃんはやはりジト目を辞めずに軽蔑の視線を送りながら、自分のワイングラスにワインをつぐ。

 はぁ、やっぱりこんな話信じられないよなぁ……避妊具に細工とかなんだよ。本当に頭おかしいんじゃねぇの? と、当人の俺も思う。


(はぁ、これは長期戦になりそうだな……)


「あのー」


 そんなことを考えていると、ピザを嬉しそうに食べていた夢野さんがおそるおそる手を挙げた。

 

「葵さん、川島さんの話は本当ですよ?」


「えっ、またまた~ゆめゆめも先輩の冗談にのらなくてもいいんですよ? どうせ、私たちが驚くほどの金額を払ってるから、言いにくいだけです」


「えっと……本当に間違いないんです。私は実花ちゃんと川島さんのDNA鑑定の結果を見ましたから」


「……えっ? マジ……?」


 ここでようやく葵ちゃんの顔に戸惑いが現れる。

 やれやれ、やっと信じてくれそうだな……。


「ああ、マジもマジ、大マジだ」


「…………」


 ワイングラスを持ったまま固まる葵ちゃん。

 次第にその肩がわなわなと震え始める。


「えええええええええええ!? 先輩って素人童貞じゃなかったんですか!?」


「なんだ。その認識は俺も30中盤だぞ? そのぐらいの経験はある」


 ……美奈以外ないのは内緒だけど。


「だ、だって、社内で大声で自慢げに風俗話をする人に彼女がいたことあるなんて思わないですよ」


 それは否定できない……いや、社畜の社内のテンションっておかしい。女性社員がいるとかの配慮がおろそかになっていた。反省しよう……。


「くぅ、なんか壮絶な裏切りを受けた気分……」


「悪かったよ。黙ってて」


「いや、そうではなくて……先輩にちゃんとした経験があったなんて……仲間だと思ってたのに」


「ん? 最後の方、声が小さくて聞こえなかった」


「えっ!? なんでもないですよ?」


「そうですよ? ふふっ、葵さんは何も言ってなかったですから」


「?」


 なんか変な感じだな……夢野さんには聞こえたのか?

 

「そ、そんなことよりも、まだ相談あるんですよね」


「ああ、そうそう。実は――」


 俺は『娘たちのこと』についてふたりに相談する。

 俺の言葉にふたりは驚いた顔をしたが、すぐに親身になって聞いてくれた。

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