第15話 社畜対談(2)
イタリアン料理店で葵ちゃんと合流してそのまま席に着いた。席順は俺の前に夢野さん、その隣葵ちゃんという感じだ。
そして、初対面の夢野さんを葵ちゃんに紹介して、飲み物の注文をする。
まあ、俺も夢野さんとそこまで仲がいいわけじゃないから、名前と職業を教えたら終わりなんだけど……。
夢野さんの相談内容は軽く聞いた。今日の夕方、深刻そうな顔で「仕事のことで相談がある」と言われれば無下にできない。だから、そのあたりの社畜事情に詳しそうな葵ちゃんのもとに連れてきた。
俺ひとりだとあまり力になれないかもしれないからな……それは申し訳ない。
「なるなる……ゆめゆめはナースさんなんだぁ」
「ふふっ、『元』になりそうですけどね……」
「えっ……そうなの?」
頼んだワイングラスに入ったワインを回しながら、自嘲気味に答える夢野さん。
そう、夢野さんは今日トラブルがあり、会社を辞めそうなのだ。
「ああ、ここまでは俺も聞いた。でも、理由が酷すぎるだろ……さんざんこき使われてきたのに、働き先が潰れるとか……」
「ゆめゆめ不運だね……はぁ、私も他人事じゃないなぁ」
まあ、俺の元職場も経営に余裕があるわけじゃなさそうだしなぁ……。
というかまた変なあだ名をつけてるし……。
「おっと、ごめんね。今はゆめゆめの話だったね。それにしても病院って潰れることあるんだね。びっくりかも」
「ええ、わたしが務めていたのは個人経営の病院でしたから……その、医院長がカルテの偽装をしていたらしくて……」
「……あ~、それはご愁傷様……医院長から退職金とかいろいろせしめなよ? あれなら、未払いの残業代とかも請求した方がいいよ。私、人事勤めだからそういうこと無駄に詳しいから相談してね」
うむ。さすが現役社畜人事。そういうところは頼りになる。
社畜のレジェンドが味方だから怖いものはない……俺はそう考えたが夢野さんの表情は晴れない。それどころか……その目は色彩を失い、絶望の色が濃く出ていた。
「それが、院長が外国に高跳びしたらしくて連絡が取れないんですよね。なので退職金どころか今月の給料も出るかわからなくて……」
「……」
「……」
やべぇえええええええええええ!! なんも言えねぇ!! こんなに重い話だったのか……。夕方に「相談があるって」聞いた時にもう少し詳しく聞いておくべきだった!
これは夢野さんにも葵ちゃんにもすまないことをしたな……さすがに手に余るだろ……。
そんなことを考えながら、葵ちゃんの顔見る……。
しかし、葵ちゃんは俺が予想していた反応とは正反対な、悪戯っぽくにやりと笑みを浮かべていた。
「そんなの出国記録があるはずなので、時間稼ぎにしかなりません。すぐに弁護士に相談しましょう。相談なら無料でできるとこもあるので。たぶん、個人経営ということは土地とか財産はあるわけですから、そこからせしめられるはずです。くすっ、外国に行ったくらいで逃げられると思っているとしたらお気楽ですよねぇ~」
葵ちゃん予想以上に頼もしかった!
「そ、そうなんですか……」
「あっ、でも、あれですよ。あっちもないものは払えないわけですから、返ってくる可能性は半分ぐらいと考えた方がいいですよ」
「はい……最悪お金は入ってこなくても、貯金は結構あるので、しばらくはなんとかなるので大丈夫だと思います……」
夢野さんは「使う暇がなかったので」と、いつものようにおっとりと笑う。
夢野さんはとても優しい性格だ。だって、頭のおかしい実花相手に泊めたりしてたぐらいだ。そう考えると俺も何かしたい。
「なぁ、葵ちゃん、なんか俺にできることはないかな?」
「あはは、先輩はお人よしですね。昔よくそう言って私や後輩の仕事の面倒を見てましたよね?」
「ふふっ、それは川島さんらしいエピソードですね。素敵です♪」
あまり褒めないでくれ。女性に褒められるのは馴れていないから普通に恥ずかしい……。
「い、いいって」
「わっ、先輩照れちゃって可愛い」
「うっせぇな。それでなんかいい方法あるのか?」
「うーん。今できるのは弁護士とかに相談するくらいだから、先輩にできることはないかなぁ~」
「そうか……」
それなら仕方ないな。せっかく相談してくれたのに力になれないのは悔しいけど。
「す、すみません。重い相談をしてしまって……でも、実は次の就職先は紹介されているんです」
「あっ、そうなんだ! ゆめゆめって優秀だね。誰かと違って」
うっせ、どうせ俺は無職人間だよ。
だけど……よかった。ん? でもなんか、夢野さんなんか悩んでるふうだな……。
「なんか気になることでもあるんですか?」
「え、ええ。今回の件があって、私なんで看護師をやってるのかわからなくなっちゃって……。私何のために働いていたんだろう……昔は人を助けたくて看護師になりたかったはずなのに……最近はそういうことを思わなくなっちゃって……」
夢野さんの顔には疲れが見える。ひとりでさんざん悩んだろう。
それは社会人ならば考えたことのある人は多い……。
毎日働いて働いて、苦労して金銭を得ても生活のためにまた働かなければいけない。いえば無限ループだ。その中で最初の思いを忘れてしまう。人間社会なんてそんなもんだ。
だからこそ――。
「夢野さん。いっぱい食べましょう」
「えっ……?」
「夢野さんって食べることが好きじゃないですか」
「それはそうですね……」
「なら好きなことをしましょう。つらい時は余計にそうするんです。たとえ睡眠時間を削っても楽しむんです。俺は夢野さんがたくさん食べてる姿は好きですし」
人間はつらいからって思い悩んで止まってしまってはならない。
ある程度楽観的にならないと人生なんてやってられないだろ。
少なくとも俺はそうやって、人生を謳歌してきた。
「くすっ、能天気で先輩らしいですね。会社で徹夜したのにその足で風俗に行ってた頃が懐かしいです」
いい例だけど、夢野さんの前で言うのはやめてくれ。ほらっ、驚いた顔してるじゃん。
ん? あれ? 驚きすぎじゃない? な、なんかまずった?
「ど、どうかしました? 俺失礼なこと言いました?」
「先輩は存在が失礼です」
黙れ、お前はあとでしめる。
「ふふっ、あはは、そうですか。ふふっ、実花ちゃんが「パパはとっても優しくて素敵な男性」って言ってたことの意味がわかりました」
夢野さんはおかしそうに笑っている。それは本当に楽しそうで、上品なイメージが強かった夢野さんの新たな一面が見れた気がした。
「それじゃあ、いっぱい頼んじゃいますね♪ すみませーん、オーダーお願いします♪」
夢野さんは楽しそうに大量にオーダーをする。
よかった……これで完全に吹っ切れたわけではないだろうけど、夢野さんには明るい表情が似合うからな。
トントン。
その時、葵ちゃんが俺の足を軽く蹴る。
「先輩、先輩♪」
笑顔だ。すっごい笑顔だ。それはもう元気に咲くひまわりのような笑顔だ。
だが、目は笑っていない。
「先輩は女子高生にパパって呼ばせてるんですか? そのあたり詳しく聞きたいです」
「……」
一難去ってまた一難……はぁ、俺も楽しいことがしたい……。
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