第12話 父親と次女(4)
高級食材にびくびくしながらも食事を進めている。
人間とは不思議なもので食べてるうちに「どーにでもなれー」という思いが強くなってきた。
それは隣にいる葵ちゃんも同じようで、今は無邪気に海老を食べている。
「先輩~、この海老超ぷりぷりですよ! 私がいつも買ってくるワンパック199円の海老とは全然違いますね~うまうま」
「そんなのと比べるな。伊勢海老だぞ。海老の王様だ。それにかかってるソースも美味いな……なんだ? バーベキューソースみたいだけど妙に濃厚だな」
「あっ、それ私の自信作なんです」
へぇ、こいつ料理上手いんだな。どうやら川島家の食事事情は安泰らしい。
「ふふっ、おいしいって言ってもらえてよかったです」
「おっ、未来っちの笑った顔初めて見たけど、可愛いね~」
葵ちゃんが親しげに話しかける。
その言葉が恥ずかしいのか、妹は顔を赤くした。
「か、からかわないでください。それに未来っちって何ですか?」
「うん? あだ名だよ? 可愛いでしょ?」
「まあ、別に文句はありませんが……」
そういいながら、箸を進めるスピードが早くなる妹。
いつもは言動から大人びて見えるけど、こう見ると年相応だよな。というか葵ちゃん、コミュ力が高けぇ……。
「呼び方は大事だよね~。それで先輩、さっきから気になったんですけど……」
そんなことを考えていると、葵ちゃんが非難の目でこちらを見てくる。
……俺なんかやらかしたか?
「なんで未来っちのことを妹って呼んでるですか?」
「ああ、姉妹の妹だから」
「はぁ、相変わらず、そういうとこは雑ですね……ちゃんと名前を呼んであげて下さいよ~」
「……」
おい、妹。そんなに期待に満ちた目で見るな。
まあ、わざわざ俺のことを考えて弁当まで用意して、来てくれた娘に対してそのぐらいの優しさを見せてもいいかもしれない。
俺はマザーテレサのように慈愛に満ちた心で答える。
「やだ。恥ずかしい」
「……先輩? 私の聞き間違いでなければ、とっても子供っぽい意見が聞こえたんですが……」
「いやだってさ……女の子を真面目に名前で呼ぶとか難度高くないか? 葵ちゃんみたいに存在自体がギャグみたいな奴ならいいんだけど」
「待って! 私の扱いもひどくないですか!?」
そんなことはない。女性の扱いに慣れてない俺からしたらむしろ褒めてる。
「はぁ……もういいです。お母さんからそういう人だって聞いてますから、あっ、そういえば椎名さんに言ってませんでしたね」
「えっ何?」
妹は明らかに作り笑いだとわかる笑みを浮かべて俺のことを指さす。そして――。
「この人は父です」
はあああああああああああああああああ!?
こいつなんでいきなり暴露大会してんの!?
「ま、待て! お前正気か!?」
「つーん……」
可愛くいじけてんじゃねぇ!!!
いや呼び方の件については俺が悪いと思うけどよ!!!
「先輩がお父さん……」
驚いた顔で俺と妹を見る。
おわった……うむ。これはこいつを拷問にかけて口を封じるしかない。
そんなこと考えていたが――。
「あはははははははっ、何言ってるの。先輩にそんな甲斐性があるわけないじゃん。私に楽しそうに風俗の話をする人に娘なんて。そんな人にこんな可愛い娘がいるわけないじゃん! もしそんなことがあったら、私禿げちゃうよ」
俺の無駄な信頼度に救われた!
やべぇ、この陽気な感じ、まったく妹の言葉を信じてねぇ!
馬鹿でよかった……!
「ふーん、同僚の女性に風俗の話をするんですか……お姉ちゃんにメールしよう」
でも、こっちの好感度は急降下している……スマホをいじり始めたし……。
はぁ、恥ずかしいとか言ってられないな。
「未来、機嫌なおせよ……」
「ふんっ、あなたは娘よりも風俗のことに興味が……」
そこで何かに気が付いたのか、妹はスマホから視線を上げてきょとんとした顔で俺のことを見た。
「今なんて言いました? 今名前を呼びましたよね? 呼びましたよね? 確かにこの耳で聞きました。幻聴なんかではありませんよね? 確かにお父さんは私の名前を呼びましたよね。さあ、もう一度呼びましょう」
一気に早口で嬉しそうにまくしたてる。
「や、やめろ、恥ずかしくなるじゃねぇか」
たくっ、だから嫌だったんだ。
「あはは、よかったね未来っち」
「はい……。とても嬉しいです。ふふっ」
でもいいか……『未来』も喜んでるみたいだしな……。
父親になると決めた以上は、ちゃんと面倒は見る。はぁ、そのためには再就職先を早く探さないとな……。
なるべく休みが多いところがいい……それなら娘たちと過ごす時間も増えるだろう……。
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