第11話 父親と次女(3)
その頃。
姉の実花は――。
「うーん。うーん。パパって女子高生ものが好きなのかな……あと、やっぱり痴漢ものが多いなぁ。実践して捕まらなきゃいいけど」
部屋の捜索に余念がなかった。
昨日初めて父親の部屋に入って、それがとてもうれしくわくわくな気分だ。
「ん? これは何? 柔らかくてちくわみたいな形してるけど……うーん。ぷにぷにだぁ。んー? なんだろうこれ? まあ、よくわからないからペン立てにでもしよう」
生まれてはじめて入った男の人の部屋、それが『憧れの人』の部屋ならなおさらテンションが上がってしまう。
「さてさて、一通り楽しんだし、お掃除でもしようかなぁ。パパに褒めてもらいたいし! このままだと「頭のおかしい娘」とか思われちゃうもん! ……もう手遅れな気もするけど」
実花は掃除を始めようとして、1時間前に家を出て行った妹のことを思いつく。
父親と話したがっていたので、あえてひとりで会社に向かわせたのだが……今になってちょっと不安な気分になる。
「未来ちゃん。パパと楽しくおしゃべりできてるかなぁ。未来ちゃんって……私よりも真面目で『重い』からなぁ……それに……いくらパパのためにとはいえ、あの『お弁当』はやりすぎでしょ」
そんなことを呟いた。
◇◇◇
……俺と葵ちゃんは言葉を失っていた。
「どうしましたか? 遠慮せずに食べてください。さあ、好きな物はどれですか……? 私よそいますよ?」
妹は可愛らしく首をかしげる。
だが、その言葉に反応できない。それは――。
「この弁当はなんだ……?」
妹が広げたお弁当は3段重ねのお重で中には頭付きの伊勢海老のグリル、鮑の酒蒸し、鮎の塩焼き、フォワグラのソテーなど、一般人では中々お目にかかれない料理が並んでいた。
「先輩……私仕事を思い出したんで……この辺で」
「待て、逃げるんじゃねぇ! こんな弁当俺一人で食えるわけねぇだろ! 罰が当たりそうだ!」
「逃げますよ! 伊勢海老ですよ! 伊勢海老! 私みたいな庶民には恐れ多く、テレビでしかみない食べ物です!」
「? 椎名さんは海老が好きなんですか? それでは多めに盛りますね」
妹は馴れた手つきで伊勢海老を自分で持ってきた皿に盛りつける。
飾りに海老の頭と鮑も添えて、あっという間にどこかの料亭で出てきそうな一皿が出来上がる。
どうでもいいけど、料理を盛りつけた皿も素人目で高そうなのがわかる。だってすげぇ―手が込んでそうな竜の装飾がしてあって、ふちは金だぞ……。
「お待たせしました。他にも食べたいものがありましたら、お気軽に言ってください」
「は、はい、あ、ありがとうございます……せ、先輩! どうしよう! 私が用意したお茶、コンビニで買った100円のやつなんだけど!」
知らねぇよ! 俺も驚いてるんだ!
「お、おい妹。この食材どうしたんだ?」
「祖父に「義孝さんにお弁当作りたいから、材料をください」と、お願いして頂きました」
孫にこんな食材をぽんっと渡す祖父ってどんなジジイだよ!
というか、昔の美奈との『出会い』といい、こいつらの爺さんってとんでもない人物じゃないのか?
ちょっと探ってみるか……怖いけど。
「お前の爺さんってもしかして金持ちなのか……?」
「そうですね……。お金持ちではないと言えば嫌味になりますね。例を出すなら、この会社なら3秒で買えるくらいかと」
「どんだけ!!!!!!」
俺の想像を超える金持ちだった。次元が違う。
フリーザ様とヤムチャぐらい。
「どうしよう!? 先輩、何か知らないけど私人生のクライマックスを迎えてる気がするんだけど!」
見苦しく取り乱す葵ちゃん。安心しろ俺も同じ気持ちだ。
だが、実家がいくら金持ちでも俺には関係ない。ならびくびくするのは間違ってる。
そうだ。俺は愛娘が作った弁当を食べるだけだ。何も後ろめたいことはない。
「妹、そこのかまぼことパセリを山盛りでくれ」
「あっ! 先輩ずるい!」
うっせえ、黙れ。フォアグラとか食ったら、なんとなく心臓に悪いわ!
「義孝さん……同じものばかり食べたら、だめですよ。わかりました。あなたの分は私がきちんと栄養バランスを考えて盛ります」
無表情ながらも少し語気が強い……いや、気合入れなくてもいいんだけど……。
ああ、鮑もそんなに持っちゃって……そのお肉もお高いんでしょ?
俺はただ見ていることしかできなかった。
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