第10話 父親と次女(2)

 会社の応接室に行くと、そこにはいつもの無表情で妹が座っていた。

 他の応接室が空いてなかったのか、20人は入りそうな部屋だ。その中に制服姿の女子高生がいるのは少し違和感があった。

 この年代だったら、今の状況にもっと動揺してもいいと思うんだけどなぁ。大人びてる。


「よう」


「すみません、いきなり押しかけてしまって」


「いや、それはいいんだけど……何か用か? わざわざ来なくても携帯に連絡くれればよかったのに」


「私、番号教えてもらってません」


「あ、そういえばそうだったな……すまん」


「いえ、それで……そちらの方は?」


「……えっ?」


 後ろを向いてみると……そこには笑顔の葵ちゃんが立っていた。

 疲れた顔はせずに、外向きの快活な笑顔。外では疲れた感じを出さない。お前は社畜社員の鏡だな。まあ、今は必要ないスキルだけど。

 

「おい、お前なんでついてきてるんだよ?」


「えー、だって気になるじゃないですか? 先輩に女子高生のお客さんなんて。また、怪しいお店にはまってるんですか?」


「馬鹿、ちげぇよ。こいつは……」


 ……待て。なんて説明すべきだろうか……。

 こいつとはなんだかんだ言って、4年近い付き合いだ。いきなり「娘なんだ」って言ったら、警察に駆け込みかねない。

 俺どんなだけ信用ねぇんだよ……と、思わなくもないが……。


(ともかく、ここは穏便にすませたいな)


 そんなことを考えながら、妹を見ると小さく頷く。おっ、察しのいいやつだな。見た目通り頭の回転が速いみたいだな。

 いい案も浮かばないしここは任せてみるか。


「初めまして。私は竜胆未来です。この人のこいび――」


「姉の娘なんだ」


 あぶねぇええええええええええ!!!

 こいつ今恋人って言おうとしただろっ! 俺本気で捕まるわ!

 何!? こいつも馬鹿なの!?


「……ふんっ」


 いや、このいじけたような態度は……馬鹿というよりは確信犯だな。

 何が目的かはわからんけど……。


「へぇ~、姪ですかぁ~。かわいいですね」


「どうも……それであなたは……?」


「おっと、紹介がまだでしたね。私は椎名葵です。おじさんとは奴隷仲間です」


「おい。言い方。あながち間違いじゃねぇとこが性質がわりい」


「ふふっ、私たちは会社の奴隷ですよぉ~。逃げれないんですぅ」


 色彩を失った目をこちらに向けるな。普通に怖い。


「おと……義孝さんとおふたりは仲がいいんですね?」


 お前に名前を呼ばれると変な感じだな……。でもおじさんである以上はそれが妥当な呼び方か……


「まあ、それなりに長い付き合いだからな……」


「そうですねぇ。朝も昼も夜も一緒にいますからねぇ。ふふっ」


 お前マジで怖い。その社畜オーラ隠せや。

 ん? なんか妹がこっちを見ている……というかにらんでる? いつも通り無表情だけど、なんか不機嫌な感じがするな……。


「それでなにか用か?」


「ええ、いきなりで申し訳なんですけど……お弁当を持ってきました」


「弁当?」


「はい。いきなりで申し訳ないんですけど、良ければ近くの公園とかで一緒に食べませんか?」


 これは予想外な展開だな。

 こいつ俺のことを考えてくれてるんだな……そうなると無下にはできない。

 

「わかった。今から行くか」


「本当ですか……? ありがとうございます」


 小さく、ほっとしたような笑みを浮かべる。可愛いやつだ。


「お礼を言うのはこっちの方だ。でも近くに公園なんてあったか……?」


「先輩、先輩、もしよかったらこのままここ使っていいですよ? 今日は他の来客の予定はないんで」


「おっ、それはありがたい」


 この応接室は時々お偉いさんが先方に弁当をふるまってるし、飲食もOKだったはずだ。


「それじゃあ、ちょっと待っていて下さい。私もすぐにコンビニで買ってくるんで?」


「え? なにを?」


「私の昼食ですよ。こんな可愛い子と食事できる機会なんてそうはないじゃないですか?」


 お前は中年のおっさんか。お前さっき飯食う時間ないとか言ってなかったっけ? まあ、まだ妹とふたりっきりは多少気まずかったりするから、ありがたいちゃ、ありがたいけど。


「椎名さん。それでは一緒にお弁当食べませんか? 元々もうひとり来る予定だったので、量はあるんです」


 相変わらずの無表情でそういう妹に対して葵ちゃんは目を輝かせる。


「えっ!? いいんですか!?」


「はい。私が作ったものなので、あまり味には自信がありませんが」


「大丈夫です! 大丈夫です! 美人女子高生が作ったものなら何でもご褒美です。じゃあ、3人分のお茶用意してきますね?」


嬉しそうに応接室を出ていく葵ちゃん。

 だからお前はおっさんか。


「そういえば姉はどうしたんだ?」


「お姉ちゃんは家でごろごろしています」


 あいつは平常運転だなぁ……。


「……じー」


「ん? 俺の顔に何かついてるか?」


「いえ、椎名さんと仲がよさそうだと思い……」


「ああ、まあ、あいつとは会社で一番話すからな」


 主に仕事の話だけど。


「そうですか……ふーん、そうですか」


 ん? こいつなんか怒ってる? ……無表情で感情がよみずらいな……。

 はぁ、年頃の娘が考えてることはわからんな。弁当をわざわざ持ってきてくれたんだから嫌われてるわけじゃないと思うけど……。

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